13 対抗戦2
帝国の南にあるオアシス都市国家ミニヨンにはひと月以上掛かる。東にジョージア山系が見えているうちは荒野を進む。なるべく高低差の無い地形を蛇行する行路となる。ルイとクリスは4、50人の盗賊団の隠れ家があるとすれば西の丘陵地帯ではなく、交易路の東の地の荒野にジョージア山系の稜線が消失する当たりの谷間や岩山の洞窟であろうと検討を付け、自分たちのベースキャンプ地を捜していた。南の奇岩燈籠砂漠を望むジョージア山系の山襞の谷のひとつに愛馬を進めて行く。谷奥の右に大きく曲がり込み、岩山に囲まれた平地を見てここを基地にしようと決めた。最奥部に吹き込んだ砂が岩壁を押し上げるように堆く溜まっている。その砂山を少し崩し地面に敷き広め平らなスペースを作るとその上に寝転ぶ。他の山が見えない。上から覘かれる事はない。岩壁を攀じ登り稜線に立ち周辺を見渡す。盗賊や野獣の気配がないのを確認する。
「クリス、ここをベースにしようと思う。」
「そうね。盗賊団は多分北側にアジトを作っていると思う。ここは南側だから遭遇の確率は低いわ。」
「それに水場の近くは野獣や砂漠民もやってくるだろうからね。」
「奇岩燈籠を目印にすれば私達が目印を作る必要もないし発見され難いわ。」
「よし、ここをベースにリボン砦周辺の集落から隠れ家にやってくる盗賊を監視する監視ポイントと対抗戦の築城候補地を探しながら荷馬車を迎えに行こう。」
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12月7日に帝都を出発したルイとクリスを追うように、第三中隊第1小隊の二台の偽装荷馬車と護衛役の4頭の騎馬の18人は10日の朝にはリボン砦を出て、2週間の旅程で交易路の途中にある小さな集落に向け行商に出るという態で荒野を順調に進んでいた。
先任順位の関係で小隊の指揮を執る3-1-11のトユンと副隊長を務める3-1-16アマンダが護衛役として荷馬車の前に騎馬を並べて進む。
「トユン、そろそろ大休憩に入らないと」
「分かった。ソグこの先で大休憩に適する場所を探してくれ。オハニはソグの支援に付いてくれ。」
二騎を見送りながら、アマンダが
「そろそろ、ルイ達とのランデブーエリアだと思うけど。」
「そうだな、向こうはもうこちらを見つけているかもしれないが、安全が確認されるまでは姿を見せないだろう。」
「ずいぶん慎重ね。」
「まあ、どこに敵の目があるか分からいかな。」
「ソグが帰って来るわ。」
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「ソグもう見つけたのか?」
「あの岩陰にルイが潜んでいる。」
「成る程。クリスは?」
「どこかで監視しているらしい。」
「じゃ、キョロキョロせずにあの岩陰で大休憩にしよう。」
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荒野に人影はない。冬の荒野の枯れ草に足跡を残さないように進路を選び、物資集積基地に全員が終結したのは夜も暮れ、南中前の冬空の十日余りの月の薄光に紛れてであった。
「ソミンご苦労さん。特に動きや気配はなかったよね。」
「この辺は植物も少なく動物の気配もなかった。結界を張りながら来たから出入りには気をつけて。」
「結界のパターンは?」
「綾目よ。」
「分かった。ルイ、クリスはいつ来る。」
「鼻先棚岩の監視ポイントで夜を過ごす。明日、交代でここに来る。」
「分かった。ルイそれでこれからどうする。」
「明日は監視ポイントの確定と動線の設営。チーム分けや馬屋の設営などの準備と確認に当てる。夜は11日水の夜なので晦日行を行う。12日未明にジャンとアニエスがここを出発した時点で監視作戦に入る。クリスと俺は別行動で山に入る。ので、トユンとアマンダ、引き続き隊の運営と作戦の指揮をお願いする。」
「了解。炊飯の煙と匂いが一番の問題なので糧食は基本保存食。風炉で土瓶にお湯は沸かすが香りのきつい茶葉は控えてくれ。アマンダ何か。」
「いよいよ砂漠の作戦よ。暑い地方だけど冬の夜はとても冷えるのでテントの設営、ベットの設営は特に気負付けて、地面や冷気に体力を奪われて、いざという時に後れを取らないように。みんな気を付けて。」
「よしもう遅い時間だ。見張り当番に後を任せて全員就寝。」
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翌朝、日の出と共にルイは05ロラン、09イレーヌ、10エミリーと一緒に鼻先棚岩に上る山道を歩いていた。
「ルイ、この道しか棚岩に登れないのか?」
「そうだな上の稜線から下って来れると思うがそれには奥山に登らなけらばならない。」
「ロラン、楽な道はないのよ。」
「そういうけど、エミリーにはちょっとこの道はきつくないか。」
「あら、私の事を気遣ってくれるの。」
「そういう訳じゃないけど。ところでルイ、第1小隊は15歳が多いよね。他の中隊でもそうかな。」
「どうかな、確かにロラン、イレーヌ、エミリー、それに、」
「クオン、とルネ。」
「それから、ルイとクリスも15歳よ。」
「20名中7名は多いかもね。男子は17歳、女子は16歳が標準よね。」
「男子は上等兵推薦を持っているのが多いけど。女子は学校を卒業してからの直接組が多いかな。」
「レアは19歳。女子の学年最年長かな。」
「私達のお守り役みたいになっていたわね。エミリーなんかすぐべそかいてたから。」
「もう、イレーヌのいじわる。」
「2班のクリス、アニエス、レアは流石にしっかりしていたわね。」
「いざという時逃げ足の遅い私達はベースの見張り番だけど今は岩棚ポイントの予備要員練習という事で、岩棚に到着って・・・クリスは?」
「あそこにいるよ。」
「何処?」
「ここよ、」
「あら、ぱっと見判らないわね。この土埃色のマントを被って見張るのね。」
「流石にイレーヌは理解が早いね。そうよ、偽装していないと敵の注意を引くわ。」
「クリス交代しよう。特に変わったことはなかったかい?」
「特に今のところ人の気配はないわ。小動物と鳥ぐらいかな。交易路を行く隊商はうちの小隊だけだったわ。」
「そんなに良く見えるの?下をみてみていい?」
「ちょっと待って、こちらから見えるってことは向こうからも見えるってことだから、下を見張る時はこの偽装マントを頭から被ってこの遠眼鏡で覗くの。ゆっくり、動きには気を付けて。いらぬ注意を引かないように。」
「あれ?この遠眼鏡変わっていますね。」
「光を反射するのが一番発見されやすいので、光るものはすべて外して。その遠眼鏡は特注でガラスが光を反射しないものだから。壊さないでよ。借りものなんだから。」
「分かった。それじゃ僕が一番に見張りに付くよ。」
「ロランありがとう。後ろの岩壁に偽装テントを張るから何かあったらこの紐を引いて、」
「了解。」
「じゃ、三人で頑張って。夕方交代に来る。」
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ベースに帰って来たルイとクリスは不思議な光景を見ていた。
「何をやっているの?」
「やあ~クリスお帰り。」
「ただいまって、そうだけど。クオンだけ?みんなは?」
「監視ポイントの構築と連絡動線の確認で外に出ている。僕とルネはお留守番かな。」
「ルネはどこ。」
「ここだ。クリスお帰り。」
「ルネ、ただいま。ルネはノートを持って何をやっているの?」
「物資の確認と仕分け。それが終わったら報告書の作成かな。」
「成る程。判ったけど、クオンあなたはいったい何をやっているの?砂遊びをやっている様にしか見えないけど。」
「遊びじゃないよ。」
「それじゃ何?」
「調査さ。」
「ちょうさ?」
「そうさ。朝の三勤行の時この砂の壁の向こうから何か音が聞こえてきたので、砂山を掘っている。」
「何かあったかしら。」
「あった。」
「何があったの。」
「この砂山の向こうに洞窟がある・・はず、」
「洞窟があるはず?」
「ほらこの向こう、登ってみてよ。」
「あら、ほんと。洞窟かどうかはまだ分かんないけど、随分奥まった感じね。ただの岩壁じゃないわ。」
「クリス。ちゃんと食事と睡眠をとって、洞窟探索はクオンに任せて今夜は晦日行だろ。」
「分かったわ。ルイ、岩棚に向かうとき起こして。それから掘り出した砂は麻袋に詰めて土嚢にしておいて。」
「分かった。」
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「それではここまで。冬の入り日の行を終えるわね。月明かりで過ごすのも悪くないわ。亥の刻参りから始めるから後3時間ほどは各自の自由時間てことで体を休めて。特にクオン今日はあなたにしては力仕事遣り過ぎよ。起こすからひと眠りしなさい。」
「腹が減って眠れないよ。」
「自業自得よ。持ってきた麻袋全部土嚢にしてしまって。ジャン、リボン砦に行ったら、土のう袋を沢山送ってくれるようにブローケン大尉に頼んで、何とかしてくれるでしょう。」
「沢山てどのくらいだ。」
「見えてる砂山の2倍は詰め込めるだけの袋よ。」
「そんなにか。」
「たぶんそれでも足りないくらいだと思う。増援が来るまではクオン1人しかこの作業に裂けないけど、それも明日1日の事でしょう。」
「クリス。明日の計画を確認しよう。」
「そうね。明日の丑の刻参りを終えたら、ジャンとアニエスを途中まで送っていく。日が出たらみんなは今日の続きを行って。監視体制に入れるわね。ジャンとアニエスが砦に入ったら砦が動くわ。敵もそれを受けて動き始めるから、どこからどこへ行ったかを監視して。私は途中で第2、第3小隊を拾ってここに帰ってきます。明日のブレイクファーストを摂ったら、ルイと私は別行動に入ります。この監視作戦の指揮は先任のトユンとアマンダが取る事。何かあったらクレマスタッフと相談して次善の策を取って。一応18日までは監視作戦があるものとして行動してください。」
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月影は山影に隠れ、日の出までは4時間はあるこの時間帯にルイは独り山腹の岩棚の上に座り寅の刻参りの行に入っていた。遠く山の下では小さな三つの気配が、大きな気の集団から抜け出し、荒野を駆けだしたのを感じていた。馴染みのある気の塊と遭遇し二つの小さな気配が遠くリボン砦の方に消えていく頃には寅の刻参りも終わりとなった。続けて卯の刻詣りに入るのは冬の行の特徴である。空が幾分、光力を増したのに呼応するように大地の闇は濃くなり、やがて東の空が濃い藍色から薄緑青に変わり、山の生き物たちの目覚めの気配がするようになる。東の空にかかっていた薄雲が旭日を下方から受け、朱彩に染まり大地にも余光が影を作り鳥たちが動き始める。卯の刻参りを終えるとやっと日が東の山影の向こうに顔をだす。瞑想の中で空の移り変わり山の気配の移り変わりを見ていた。日の光が荒野のあちこちを光の矢で刺し抜き、光と闇のコントラストをいくつも作りだす頃、ルイは瞑想の座を解いて立ち上がる。時間を掛けて体を労りつつ審アーサナを繰り返す。こわばった筋や骨に生気を巡らし自分の体の中を巡るプラーナの動きに注意を払う。完全に日が昇り、朱彩の雲も見慣れた雲彩に戻り冷気を含んだ澄んだ冬の砂漠の様子を見せる。下から上がってくる気配の足取りの覚束なさにイレーヌとルネかと二人の顔を思い出す。
「おはようルイ。」
「おはよう。ルネ、イレーヌ。」
「一人でやる晦日行はどうだい?」
「どうしても外の世界に気が行ってしまうかな、」
「そうかい。僕らは丑の刻で終えたがルイは?」
「やることが無いので、日の出まで座った。」
「そうか。随分体力が付いたんだな。」
「自分でもそう思うが、なかなか内なる世界には入れないね。」
「それは、お互い様だ。」
「じゃ、交代しよう。昼にはロランに遅れないように登って来るように行ってくれ。」
「居眠りするなよ。それじゃ降りる。」
そう言い残すと、ルイは落ちるように岩棚から駆け下りて行った。