12 対抗戦1
74帝国学院生徒会会長のエラ・フォン=ジラルドが帝都丘陵城通称オーバルの宰相室に呼ばれたのは文化祭の熱情が消え去り、静寂と寂寥に包まれた11月第三週の聖曜日18日。秋の終わり色に包まれた夕刻であった。翌、木の曜日の授業の終わりと共に生徒会執行部3年生は緊急会議を開き、今諮問の大綱の了承をシアリング宰相から頂いたのが翌週の火の曜日26日だった。月が替わって12月1日学院長から3年生の官僚専攻100名に今年の対抗戦の開始と実施要項が下命され、具体案の作成が始まった。軍事専攻組を除く4百人の3年生が76年度対抗戦の具体的な作戦を仕様書のレベルまでに落とし込み学院長の裁可を得て人員分けと物資の集積等準備に入ったのが7日第二週の週明け木の曜日であった。青、赤、白、黒隊に100名の軍事専攻組は分けられ、隊長のみ学院長からの指名で状況が開始された。リーパ連隊第4大隊第3中隊の陣地構築、築城工法などのレクチャーを受けながら、四人の隊長と隊長が自ら選んだ参謀は自分達が果たすべき真の目的と作戦目標と具体的方法を諒解し深化させ配下の隊員にブリーフィングに入ったのは9日土の曜日だった。物資集積場に当てられたのは内堀り内の帝都丘陵警備近衛大隊の四つの駐屯地である。東南の辰巳練兵場には1年1組の100名が輜重兵として配属されて物資集積作業を行っていた。南西の未申練兵場は2組、西北の戌亥練兵場には4組北東丑寅練兵場は5組が同じく配属され作業を行っていた。
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帝都の各街区の告知板を見ながら町の人々は今年の対抗戦に付いてあれこれと話の花を咲かせている。
「今年は何々、じんちこうちく・かんいちくじょう競争って何だそれ?」
「なんだそれって陣地を作るってことだろう。」
「それは分かるが、かんいちくじょうってのはなんだ。」
「簡単な城みたいなものを作るってことだな。」
「帝都王城みたいなお城か?」
「いくらなんでも、そりゃ無理だろ。まあ、砦みたいなもんかな。」
「学生がたった六日かそこらで砦を作れるのか?」
「それも無理だな。せいぜい板の塀と土塁と寝泊まりする小屋だな。」
「掘っ立て小屋か?」
「学生が作るんだから、何とか立っていればいいんじゃないのか。」
「そうか、そうだよな。なんだ、そしたら今年は棒倒しは無いのか」
「今年はやっている暇がないってことだな、丸太運びがいいとこだ。」
「違いない。でも、13日は東西南北の大通りは荷駄が通るので交通規制ってことはどういうことだ。」
「まあ、帝都内じゃ穴掘ったり、小屋をおったてたりする場所がないから帝都の外れか、外堀の向こうでやるってことだろう。」
「じゃなんだ?東西南北に分かれてやるってことか?」
「そうみたいだな。」
「一か所でやってくれなきゃ競争にならないだろう。」
「そうだが、作るものがそこそこデカいからな。一か所っていう訳にはいかないんだろう。」
「なんだか今年はつまんなさそうだな、」
「確かに、つまんなそうだ。わざわざ外堀の向こうまで出かけていって掘っ立て小屋が立つのを見に行くのもな、」
「そうだな、つまんなそうだ。」
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喫茶金合歓の窓辺のテーブルに101の四人が集まっていた。
「男4人が喫茶店で顔を突き合わせているのもなんだかな」
「そういうなってウェイズ。ところでルイはどうした。」
「7日の明け方に出発したらしい。」
「確かか。」
「ああ、テヒがそう言っていた。」
「ベイシラ、テヒに会うのか。」
「まあな。研究会とか部活とかの打ち合わせがあるんでな。」
「そうか、ところでファイ、1組が青隊に配属でいいんだな。」
「そうだ。」
「うちの2組が赤隊で、コ―キンの4組が白隊、ベイシラの5組が黒隊なら、ルイの3組は何をやっているんだ。」
「それは、審判団付という事になっている。7日にルイは先行出発。8日に残りの3組が出た。」
「それじゃ昨日テヒを見送ったのか?」
「いや、テヒの小隊はどん尻の審判団付でまだ残っている。実は昨日3組の出発を見送った後、テヒが5組の作業場に来ていろいろ立ち話をした。」
「何を話したんだ。」
「それを知らせるために今ここに集まってもらっている。」
「そうか。で、何がどうなっている。この三日間は午前中は通常授業で午後は搬入された物資の整理に追われている。この後どうなるかは知らされていないが。」
「どうも、集積されたものから搬出されそうだ。」
「何処へ、誰が、どうやって。」
「それを今、3年生が話し合っている。どうも長距離移動らしい。そこでだ、輜重大隊が一斉に動き始めるとどうなる?」
「当然、輸送路は混乱渋滞衝突が予想される。」
「で、出発できるものから順次送りだすだろうというのが結論だ。」
「しかし、何も情報がないぞ。ただ来たものを仕分けしているだけだ。」
「テヒによると、3組は取り敢えず3週間18日分の食糧を積み込んで出発したらしい。」
「どういうことだ。対抗戦は1週間13日から18日までの6日間の予定だろう。」
「それに、大量の空樽を積み込んだらしい。」
「何故だ。」
「それを今から考えるってことさ。」
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12月13日木の曜日の早朝、日の出と共に対抗戦の開始が宣言され、軍事専攻の100名の3年生は一斉に帝都王城を出発して行った。帝都王城から城内堀を出るまでは常歩、帝都街の南大路は速歩で隊旗をはためかせて整然と騎行したが外堀を出たところでそれぞれの隊は独自の作戦行動に入った。それを後ろから追いかけるようにソシ中佐の特殊戦闘工兵大隊第3中隊が速歩行進で都大路を駆け抜ける。帝都外堀に架かる橋を渡り終えたところで大隊は小休止になった。騎乗するソシ中佐は南へ向かう街道の脇にひっそりと泊まる4頭立ての馬車に馬を寄せ下馬すると馬車の扉が開き中からクレマとテヒその他7人が下りてきてソシ中佐を迎える。
「やあ!クレマ、テヒ久しぶり。作業服のクレマは初めて見るな。」
「お久ぶりですソシ中佐。」
「せっかくだから馬車に乗りながら話そうか。マージー兵長馬を頼む。」
「そういう事でしたら、ウリ、マレンゴをお願い。シゲとイシュク、テヒとジュン、ターナルにアルバロとプリシラ中に入って。後の者は屋根の上か後ろのステップか馬に分乗して付いてきて。」
そうクレマが指示を出すと9人は馬車の中入る。
「この馬車はクレマのか?」
「正確にはオルレアの実家から持ってきたものです。」
「御者は第五小隊の者が?」
「いえ、馭者、従足、メイドはクリスの従者で、馬丁はオルレアの家来が務めています。現地ではこの馬車はクリスの支配下にはいります。それまで便乗させてもらう形です。」
「クレマの従者とかいないの?」
「元来わたくしは、オルレアの侍女です。」
「そっ、それは残念。ところで軍服は持ってきた。」
「一応、第二戦闘服を持ってきました。」
「副官肩章は付けてあるよね。」
「はい。」
「もしもの時はよろしく。ところで、紹介してくれるかな。」
「はい、ではこちらから、3-5-01シゲと03のイシュクです。」
「第5小隊隊長のシゲ君とクレマのお守り役のイシュク君ね。」
「はい。06のテヒはご存じですよね。それから07のジュンです。」
「今回はテヒ飯にあり付くことが出来るか分からないな、ジュン君副隊長よろしく。」
「後ろの3人は11ターナルと12アルバロ、17のプリシラです。」
「クレマのとばっちりを被ることになってごめんね。それじゃ改めてソシ中佐です。よろしく。では状況説明から聞こうか。」
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「という訳で、3年生の早駆け騎行組には02カミロと19ホトが追尾しています。輜重隊を追った3年生の騎行組には10ディーナと15セペタが付いています。」
「先行した輜重隊はには誰が?」
「輜重隊には第4小隊が当たっています。10日発、11日発、12日発に分かれて観察に当たる計画です。」
「そう、何か報告は?」
「特に変わった事がないとのことです。事前に情報を流したので1年生はそれなりに準備をしていた模様です。」
「それは良かった。問題は先行潜入組だね。」
「はい、計画では潜入している第1小隊に11日中には第2小隊と第3小隊が接触合流。補給支援体制を構築しているはずです。」
「そして、12日未明先行していた第1小隊の偽装行商荷車が盗賊に襲われたという一報が入り、早馬で13日早朝に帝丘城にいた特殊戦闘工兵大隊のソシ中佐に届く。かねてから問題になっていた盗賊対策の為、対抗戦に用意された資材を盗賊対策の前進砦に運用変更するために対抗戦そのものをリボン砦迄の兵站実践とリボン砦から南の適切な場所に簡易陣地構築実戦に変更。今に至るという事か。」
「対外的にはそれでよろしいと思います。」
「一般帝都民には第3中隊の華麗な速歩行進を披露したし、3年生の畏怖堂々騎馬行軍も見せたからいいよね。」
「例年の騎馬戦や棒倒しがないのが残念と言いう声もありましたが。」
「まあ、それは来年の楽しみという事でいいじゃない。」
「分かりました。では今のところ中佐の思惑通りという事で宜しいでしょうか。」
「3年生には頑張って派手に活動してもらいたいね。陽動作戦であるけれど卒業試験でもあるんだからね。十分に実力を発揮してもらいたい。」
「では、やはり第1小隊が真の目的という事ですね。」
「う~ん、そういう事にしておいて。それも囮だけどそれ以上の事を知ってどうするの。もし、その情報が洩れたらここにいる何人かもしくは全員の頸を飛ばさなきゃいけなくなるものね。」
「分かりました。高度な機密にはノータッチという事で、我々は学生の本分を全うする為、当初の命令の遂行に邁進します。」
「よろしくって、どうせクレマ達の事だからいろいろ用意しているんでしょ。」
「いえ、そんな事はありません。只、何があってもいいように準備を怠らないようにしているだけです。」
「用意周到なる者が前髪を掴めるというやつね、それはそれで楽しみにしている。さて、そろそろお暇しよう。リボン砦迄は当初の計画通りだろう。その後は第一小隊の報告次第だな。」
「分かりました。では。ラハト馬車を留めて下さい。中佐が下りられます。」
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ソシ中佐と別れて、第5小隊は二つに分かれた。3年騎行部隊を追尾している4人の交代要員とクレマ、ウリの6人は馬車で先を急ぐ事になり、残りの10人は当初の計画通り特戦第3中隊と行動を共にすることになった。
「シゲ、ジュン第5小隊をよろしく。みんな特戦に付いて行くのは大変だと思うけど頑張って。テヒ、ルシア特務との情報交換出来たらよろしく。イシュク記録お願いね。」
「クレマは本当に心配性ね。」
「クレマは小母さんだという噂は本当の様ね。」
「俺たちも訓練を経てきたんだ付いて往く位は出来るって、さあ、乗った乗った。」
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12月の13夜の月は登り、日はまだ沈み切らない。この時間はとうに野営の準備に入るはずであるが、クレマ達を乗せた馬車は走り続けた。月明かりの中、金鬣に騎乗するアンドレに先導され、ラファトが用意を済ませた野営地に付いたのは夜の7時を回った頃だった。
「パシロ、ロゼリーナ、アルバロ、アイタナ遠慮なく食べて。明日は4時から三勤行、7時に出発よ。」
「至れり尽くせりで何だか悪いな」
「気にしないで、こちらの都合で急がせているんだもの。」
「そう言われてもね。」
「アルバロとアイタナは明日ディーナ、セペタに追いついたところで入れ替わり交代ね。パシロとロゼリーナは明後日の朝にはカミロとホトと交代してもらうから。その後は激務よ。今のうちに休んでおいて。」
こうして、対抗戦初日、12月13日は眠りに着いた。