11 対抗戦前
蒼い夜空の下で疲れた体に鞭打ち、鞍を下ろしグラニの背から荷物や鞍褥を下ろすと馬体の手入れを行い、蹄鉄の様子を確認する。裏掘りすほどのこともないが足、爪めの様子も確かめる。水筒の水を手の平に垂らしながら飲ませてやる。最後のひと口をルイが飲み干し頭絡の類もすべて外してグラ二を自由にしてやる。頭陀袋の中から木片を出し焚火台に火を熾す。前鞍鞄から手入れ道具を取り出し馬具の補修を行うために乾いた砂の上に座る。『どうしてこうなったのだろう』と屹立する岩壁の上に広がる冬空を見上げる。月は岩壁に阻まれ姿がみえないが、冬の寒気が星々を磨き上げ冴えた光を放っていた。
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11月最後の晦行を終え聖曜日の午後を過ごしていると、ルイのもとにクレマから伝言が届いた。
〔101、アカシア集合〕と、
「12月のたぶん第2週辺りに1年生に動員命令が下る。と、いうのが取り敢えずの報告ね。」
クレマが5人に語り掛ける。4-1-01コーキンがすかさず
「というと、今度の対抗戦には俺たち1年も駆り出されるという事か。」
「そうね、」
「具体的にはどうなるんだ?」
「それは明日から始まる週のどこかで決まるはず。」
「なんだ、まだ決まっていないのか、」
「そうだけど、何も知らない状態で招集されるよりも、何らかの心づもりがあった方がよくなくて。」
「そうは言っても、まだ何も決まってないのだろ、」
「週明け、12月1日に学院長から3年生の官僚専攻組に対抗戦の実施要項が下知されるわ。それを受けて官僚組が大本営となって対抗戦の計画を立てる事になるの」
「そうなのか、軍専組だけの問題じゃないのか、」
「そうよ。3年生全員よ。」
「全員というと、学術組もか?」
「そうなるわ。官僚組が中心となって学院長の意図を汲んだ、そして公平な競争になるような具体的な対抗戦をデザインして軍専組に実施させるの。3年生全員の協力が要るのよ。」
「それは分かったが、何故俺たち1年が巻き込まれる。」
「それは、ユニが生徒会のサラ部長と仲良しだから判った事ね。」
「どういう事だ。」
「守秘義務があるからはっきりした事、確実な言質がある話じゃないのだけど、」
「分かった、とりあえず聞こう。」
「そうね、事の起こりは文化祭の後始末を1年生に丸投げして生徒会の幹部3年生が緊急会議を行ったことからかしら。」
「そう言えばうちの誰かも体育部の活動が、連日文化祭のごみ掃除、後片付けばかりやらされると嘆いていた。あれか。」
「そう。ユニも会計帳簿の検査で連日駆り出されていたと思って、」
「ああ、」
「流石に悪いと思ったのか、会計部長のサラ先輩がユニを食事に誘って労ってくれたんだけどその時チラッとね。」
「チラッとどうした。」
「サラ先輩が今年の1年生は大変ね。12月に入ったら力仕事が待っているからたくさん食べて体力付けてねって言ったの。」
「それだけか、」
「それだけよ。」
「それはいつの事だ。」
「文化祭の報告書を提出したのが土の曜日だといっていたから27日ね。私達がその話を聞いたのは28日、29日は色々探りを入れてみたのだけどたいした収穫が無くて、でも結論としては兎に角1年生全員に何かあると知らせるべきでは、という事になって先ずは101に集まってもったとらいうところよ。」
「分かった。12月になったら突然呼び出されるかもしれないという事だな。」
「ああ、その時、右往左往しないように心の準備をしておくという事だが、心の準備だけでいいのか。」
「そうね、文化祭を通じて3年生とも知り合いが出来たと思うけど、どう?」
「3年生から聞き出すのか?」
「直接は流石にね。」
「露骨すぎるな。」
「そうよ。唯、話す内容やちょっとした何か、変化を見つけて推測するしかないけど、」
「細かい断片を集めてこちらも準備が出来るものは準備をするという事だな。」
「そうね、備えあればうれしいばかりね。」
「なんか違うような気がするが、分かった。そうと決まればうちの女子とも打ち合わせしておく。」
「軍専組は何も知らされてないし、流石に官僚組は口が堅いと思うけど、学術組は直接的な事でなければ何かヒントを無意識に漏らしている可能性がるから些細な変化に注意を配るべきね。」
「そうだな、あまり根ほり葉ほりはいけないか。よしその辺も含めて組全体の智慧を借りるよ。」
「そうと決まれば、善は急げだ。班長達だけでも話を通したい。先に失礼する。」
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ルイとクレマは窓辺の席から金合歓の木を見つめていた。
「みんな流石に決断が速いし行動力があるわね。」
「01はそういうやつが多い。」
「うちの01さんはどうですか?」
「俺・・僕は、どうすればいいのかな。参謀長殿。」
「いやね~。他人を裏で糸引く悪人の様に思っているんでしょ。」
「違うのか。」
「う~ん、よく似ているけど。」
「で、どうすればいいんだ。」
「それについては、アナタの師匠と打ち合わせが出来ているわ。」
「クリスに聞けと?」
「クリスに付いていって、訓練が待っているの、」
「訓練?」
「そうよ。槍騎士同好会を作るんでしょ。」
「それか~。それなんだが、最低3人いないと同好会と認められないという事なので困っている。」
「あなたとクリスと・・・」
「クリスと?」
「私で・・、取り敢えず同好会を立ち上げるわ」
「クリスは分かるが、クレマ何故君が槍試合を行う。」
「心配しないで。クリスと私が居れば、すぐにおバカな男の子の2,3人入って来るわよ。」
「それまでの繋ぎか?」
「そうよ、人が増えたら私は乗馬同好会に鞍替えしてしまえばいいのよ。」
「馬はどうする。」
「あなたこそどうするつもりだったの。」
「追々、近衛警備隊の馬を借りようかと思っていたが、」
「伝手はあるの?」
「いや、これから何とかしようと思っていた。」
「でしょ、ちゃんと相談してよ。クリスと相談してその辺は解決できているわ。」
「どうするんだ。」
「オルレアのお屋敷にいる、マレンゴとグラ二とシルバーを連れてくることになったの」
「いいのか?」
「どうせ乗り手が居なくて持て余しているんだから」
「しかし、厩舎や飼葉代はどうする。」
「厩舎は学院から一番近い第3警備隊の厩舎に入れてもらう事で交渉している。」
「しかし、飼葉代の当てがない。」
「大丈夫。マレンゴは金を稼げる馬よ。自分の食い扶持ぐらい自分で稼ぐそうよ。夏休みの旅修業で実績があるわ。今、アンドレ達が話を付けているはずよ。行ってみましょ。」
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12月6日の聖曜日の初冬の夕日に横顔をてらされながら、厩舎に向かう小径をゆっくりと馬を打たせて二人が帰って来る。
「ルイ、今日は楽しかったわ。明日から頑張って気を付けてね。」
「クリスと一緒だから大丈夫さ。滅多なことはないよ。それよりも水の夜の晦日行はなんとしてもやり抜きたい。」
「こちらは全員でやり抜くから安心して。あなた達は荒野の中で行う事になるかもしれないのね。」
「一人でやる方法も結界の張り方もちゃんと出来るようになった。安心してくれ。」
「ところで計画はちゃんと立てたの?」
「大雑把な地図しかないので、まあね。現地の様子を見ながら何かを発見できればラッキーだし、出来なくてもそれはそれでオッケーという事で、気張らずにやるよ。」
「で、どうやるの?」
「今回の作戦は、帝都から南へ二日半の処にあるリボン砦が策源地になる。」
「そうね、そこから先は荒野で実際に人がいるのは帝都から三日の100㌔ほどのとこらが実効支配地ね。」
「そう、そこから先は砂漠というか荒れ地の荒野をひと月以上かけてやっと南の国ミニヨンにたどり着く。今回はミニヨン国との交易路に出没する盗賊対策というのが裏指令だ。リボン砦が騒がしくなると盗賊も何らかの動きを示すだろうということで、僕らはリボン砦を伺う場所に基地を設けて網を張る。」
「ポーラ法の応用かしら?」
「そうだね。荒れ地では、水の確保が一番問題で前進キャンプをいくつか設けて不審な動きを探る。」
「でも、それだと膨大な人員が要るわ。」
「しかし人間の考える事は同じだと思うので当りを付けて第一小隊でやってみる。」
「う~んそうね。私もすべてを知らされている訳でないから、ちゃんとしたことが言えないんだけど・・」
「何かあるのか?」
「それが、リボン砦の警備にソシ中佐の第一中隊が配属されたの」
「何故、ソシ中佐が出張ってくる?」
「今年の対抗戦が野戦築城という事で何かあった時の為に専門家がいた方がいい、という大義名分を無理やり通したソシ中佐のスタンドプレーというのが表向きの理由。」
「裏は?」
「優秀な特殊戦闘工兵士官の青田買いだというのが専らの噂。」
「こすいな。」
「リボン砦でこすさ爆発させて関係者の目をリボン砦と帝都の第三中隊の築城デモンストレーションに集めるのが目的」
「と言うと、第二中隊が本命か、」
「そう、既に荒野に深く浸透しているらしいわ。」
「ならば、何故俺たちが出ていく必要がある。」
「リボン砦での周辺まで手が回らないというか、敵の目をあくまでも対抗戦に集めたいらしいの、」
「それ程深く浸透して何を探る。ミニヨン国が仮想敵国なのか?」
「ミニヨン国は交易立国よ。私達と事を構える蓋然性は低いわ。軍事技術研究所の純粋想定国程度よ。」
「ならば何故ソシ中佐が動く。」
「本当の所は分からないけどたぶん、裏の裏の裏のという意味では帝国内及び帝国政府内の不穏分子のあぶり出しね。」
「敵は身内なのか!」
「身内の振りをした敵よ。だってそうでしょ。考えてみれば盗賊なんて割に合わない職業よ。」
「盗賊はお仕事か。」
「そうじゃないけど、大抵は食い詰めた流民や不作でどうしようもなくなった農民が一時しのぎに旅人や小商人を襲うものよ。4、50人の盗賊団なんてどうやって食べさせていくの。」
「50人なら小隊規模だ。小隊を維持するには普通5000人規模の村が必要と言われているが、」
「そうでしょう。だったら村の仕事に専念した方が危険も少なく、平和的に食糧を作れるでしょ。」
「隊商を襲って傭兵と命のやり取りをするよりはよっぽどましだな。」
「だから、大規模盗賊団なんて自然発生するものではないのよ。」
「つまり、何らかの意図をもって秘密裏に組織されているという事か。」
「今の時世を考えるなら、そういう事ね。」
「何処のどいつか、クレマは知っているのか?」
「私が知る訳ないでしょ!そこらへんはソシ中佐とそれより上の人たちの問題よ。今は私達に与えられた使命を果たす事だけを考えましょ。」
「俺の使命は対抗戦でリボン砦の混乱に紛れて動く盗賊の発見と根城の特定だな。」
「そう、そして私は対抗戦の運営補助とそれを隠れ蓑にルイ達の支援ね。」
「よろしく頼むよクレマ。」
「応援しているわ、ルイ。」
「頼みにしている。」
「明日の朝早く立つのね。」
「クリスと二人、小隊に先行してリボン砦を迂回して荒野に出る。」
「小隊の偽装は任せて、交易路途中にあるオアシス都市に行商に行く2台の荷車と護衛という事で必要な物資を運ぶ手筈を整えるわ。」
「よろしく頼む。目立たぬように騎行するが2日でリボン砦を迂回して荒野にでるつもりだ。小隊はどうなる、」
「明日7日に学院長から1年生の動員許可が出て官僚組から1年生全員に動員命令が下りる。私達は即応試行という事で取り合えず第3中隊第1小隊が荷馬車で偽装先行。翌日の8日朝一に残りの第3中隊が学院を出発。途中荷物を積み込みながら本隊はリボン砦に10日の夜には到着。偽装先行小隊は10日には砦を出て交易路を南進。どこかで見つけてあげて、そのままあなた達と行方を晦まして拠点設営。11日夜は晦日行練習。12日は一睡もしていないジャンとアニエスが砦に駆け込んで荷馬車が盗賊に襲われたとご注進。」
「ジャンとア二エスはうまく演技できるかな。」
「大丈夫、二人とも世慣れているわ。荷車を離れて二人でイチャコラしていたら襲撃に巻き込まれずに済んだけど、夜通し逃げ隠れして何とか砦にたどり着いた、いけないカップルを演じてもらうの。」
「よくそんな話を思いつくものだ。」
「世間の冷たい視線にいたたまれず二人はいつの間にかドロン。あとで私達が回収するけど。そして何故か砦から帝都に早馬で事件の報告が行く。ここがミソね。」
「そうだな、普通軍管区に先ず報告だろう。」
「そうなんだけど、もちろん手順を踏んで報告を上げていくけど、たまたま砦の守備隊がソシ大隊の第一中隊だったので、たまたま帝都で築城訓練指導にきているソシ中佐に一報入れたのよ。直属の上官に報告を入れるのは軍官僚としては当然の処世術でしょ。」
「たまたまがたまたま重なっただけなのか、」
「世間的にはそれでいいと思うけど、」
「世間の評判は大切だったんだよな。」
「そうよ。そして、対抗戦が単なる築城競争から長駆野戦築城に突然切り替わり帝都も南路周辺もリボン砦も大騒ぎのてんやわんや。果たして優勝するのはどの色の隊でしょうか。」
「大山鳴動して鼠一匹かも。」