10 祭りのあと
文化祭が終わって暫くは虚脱状態が続く。名目上は500名の2年生全員がひとりひとり研究発表を行った。木火土金水の五曜日に分かれたとして、いち日100名が午前8時から12時までに一つの会場で発表を行うのは無理である。当然学部毎にわかれ学園内のホールや講堂、大教室などを使って同時並行的に行う。それを取り仕切るのが生徒会である。副会長のトルマが三々五々集まって来た1年生を生徒会会議室通称作業部屋に集め訓辞する。
「さあ、1年生諸君。訳も分からずこんな所に集められて困惑していると思うが、2年生は忙しい。なぜなら、論文発表を終えて今月末の最終原稿提出に邁進しているからだ。なので、2年生に雑用ではなく・・簡単な作業を手伝ってもらうのは忍びない。よって、体育系会頭、文化系会頭から推薦のあった君達1年生にこの文化祭その他、後始末を委任する。仔細は先任のクレマが説明する。とに角、ここにある始末書の山を何とかしてくれ。私達3年生は別件で幹部会議をする。あとはクレマ頼んだぞ。」
・・・・・・・・・
降りみ降らずみの宿りに五人の若者が、喫茶金合歓の扉の稲穂鈴を揺らす。
「こんな喫茶をよく知っていたな。」
と、2-1-01ウエイズが5-1-01ベイシラに聞きながら椅子を引く。
「ルイに静かに話せる場所は無いかと聞いたらここを教えてくれた。」
「ルイ、こんな所に出入りしてるのか。俺なんか大食堂と教室以外は自習室ぐらいしか行ったことが無いぞ。」
と、4-1-01コーキンが揶揄する。
「ルイは、これでいてお盛んだからな。」
と、1-1-01ファイが同調する。
「そういうお前も、この間おこぼれに預かったろ。」
「お前もな、ベイシラ。」
「おいおい、なんだよそれは。聞き捨てならないな。」
「なに、1日だけ給仕のバイトをさせてもらった。」
「この忙しい中、どこでバイトなんかできるんだ。」
「それについては、自習室に入れない奴の特権という事でとりあえずは勘弁してくれ。」
「そうだな、あまり詮索は良くない。が、今度またいいバイトがあったら声を掛けてくれ。ルイ。」
「ベイシラ、あんなことはそうそうあるもんじゃない。2年生が落ち着いたら、こちらにまでまわって来ないさ。」
「そうかもな、ところでベイシラ、今日の呼び出しはどういったことだ。」
「中間試験が終わり、文化祭も終わった。ここらで各中隊じゃ無かった。各クラスの様子を報告し合って互いの状況を知っておくのもいいのでないかと思ってな。何かないかファイ。」
「そうは言っても、男しかわからないぞ。中間試験までは男女別で文化祭では自分の事で手いっぱいだった。たまにどこかで同じクラスの女子にあっても挨拶ぐらいだ。」
「そうだ。それに、顔見知りと言えば自分の中隊以外じゃ俺は洪水の時に第三中隊の輸送隊とちょっと話したぐらいか。このメンバーだってダンスの夜に顔見知りになった切り出しな。」
「コーキンはうちのユニと踊ったんだっけ。」
「そうだ。彼女は元気かって、分からんわんな。」
「いや、元気だ。今日は生徒会の呼び出しを食らっているはずだ。」
「なんで、詳しい。付き合っているのか。」
「いや第三は全員の動向は把握している。」
「どうやって。」
「こうやってさ。女子の代表とすり合わせをする。」
「ここでか?」
「そうさ。みんなにも使ってもらおうともってここを紹介した。」
「確かに、女子の使う大食堂に行くのも気が引ける。」
「ルイはここでクリスと待ち合わせるのか?」
「クリス?誰だ?」
「第三の代表だろ?」
「違うねファイ。クリスはあくまでもルイの師匠だ。」
「ベイシラ、師匠というのは何だ。」
「聞いた話だが、ルイとファイはクリスという女子を取り合って殴り合いをしたらしい。」
「なんだなんだそれは、穏やかでないぞ。ファイどういう事だ。」
やかましく話の花を咲かせるメンバーから窓の外の金合歓の樹に視線を移す。文化祭の合間を縫ってクレマとここでお茶をした時のことを思い出した。
『窓の外の金合歓の木は春に黄色の花を咲かすのよ。』
『ウン。』
『金合歓の花言葉知ってる?』
『ウウン。』
『秘密の恋って言うの。』
『ウン』
『古代の若い男女は愛の告白をこの木の下でしたという言い伝えがあるの、』
『・・・・』
・・・・・・・・・
黒髪五尺を解き放ち、柔らかなウエーブの湿りを拭う後ろ姿に、クレマが声を掛ける。
「グレースじゃないどうしたの?」
「時雨に降られ、濡れたわ。」
「それは分かるけど、なんで生徒会に?」
「トルマっていう3年生に覗いてみろって誘われたのよ。」
「トルマ先輩と知り合いなの?」
「知り合い‥って言うか。研究発表なんかを、ほら、食研関連をいろいろ回っていたのよ。そしたらそこここで見かけるから、思い切って声を掛けたの、」
「何って?」
「食べ物に興味があるんですか?って、」
「そしたら、」
「質問の意味が分からないって、」
「どういう事?」
「まあね。竈の火力に鞴を使う事が出来るかなと思って、金属溶解研究の発表教室の前で、」
「う~ん、確かに金属の溶解と食べ物にそれ程関連性があるとは思えないわ。」
「今考えるとね。その時は壺窯の事で頭がいっぱいで、」
「壺窯?」
「ほら、串焼き鶏とかの窯よ。」
「う~ん、窯と炉は似ていると言えばいえるけど、」
「で、笑われて。トルマさんは単に研究発表用のデモンストレーション用溶解炉、ポットと言っていたけどその、ポットの設置監督にきていただけで、溶解とも串焼きとも関係なかったのよ。」
「まあ、生徒会総務部の部長としては危険で高価なポットの管理をしていただけかな。」
「その通り。で、ちょっと話し込んでいたら、生徒会も面白いよってことで、」
「それで、ここへ来たんだ。」
「お邪魔だったかしら、」
「ウウン、ちょうど休憩にしたところ、ユニもいるから一緒にお茶しましょ。」
・・・・・・・・・
二杯目のカップをテーブルに下ろしてファイが口を開く。
「で、薄緑の髪のクリスとは本当はどういう関係なんだ。」
「またその話に戻るのかよ。」
と、ウエイズが口を挟む。
「だってそうだろ。同じ年の女騎士の見習い騎士になるか、普通。」
「本人がそうだと言っているんだからそうなんだろう。」
「だったら、俺も見習い騎士になる、弟子になる。」
「見習い騎士はちょっと無理だと思う。武研に入って弟子になるというのはあるかもしれないが、」
と、ルイは答えたが。
「なら弟子になる。武研に入れろ。」
「いや、いきなり入れろと言われても、みんなの意見を聞かないとだめかと、」
「ところで、ブケンとはなんだ」
と、コ―キンが割って入るのを、ルイが説明する。
「第三中隊の中で武術に興味がある奴が集まって練習なんかする集まりだ。」
「同好会みたいなものか。」
「まあそうだ。互いに稽古したり、初心者に手解きしたりしていた。」
「第三はそんなことをしていたのか。」
「俺たち第二も同好会は作っていたぞ。」
「そうだな、第五も研究会じゃないが同好の士と言いう感じでいくつかグループを作っていた。」
「それじゃ、ブケン?という繫がりでここでクリスと連絡を取っていたのか。」
「連絡を取り合っていたのは社研のクレマだ。」
「しゃけん?今度はなんの集まりだ。」
「社交ダンス研究会。」
「確かに男と女が一緒にいるという事に付いて、自然であり、必然でもある。」
「第三は社研を通じて男組と女組が情報交換をしていてのか。」
「そういう事だ。」
「よし、俺は社研に入る。」
「なんだ、コ―キンやる気だな。」
「ユニともう一度踊りたい。」
「なんだ色恋か。」
「いや、そういうのともちょっと違う。単に好きとか嫌いとかでない関係があるように思う。」
「ちょっと大人な発言だな。」
「帝国のいう男女平等が分かってきた、いや見えるような気がするんだ。」
「コ―キンの言うことが分かる気がする。」
「なんだウエイズ、お前もか。」
「そうだ。グレースと踊った感覚はちょっと違う、何か大人の階段を一歩進んだような。でも、まだまだ先は長いそんな気がしていたんだ。」
「ファイ、お前はどう思う。」
「社交ダンス?ピンとこないな。貴族の嗜みとして一応踊れるが、ダンスパーティーの時、黄色い髪の女と踊ったが、いいように振り回された感じだな。俺は断然武研でクリスの弟子になる。」
「ファイ。お前が踊ったのはクレマだ。クレマは社研の主宰者でクリスはその一番弟子だ。」
「何だって、社研に入ればクリスと踊れるのか?」
「それはどうかな。クリスはクレマの命令が無ければ、だれとも踊らないだろうな。」
「ルイ、何とかしろ。」
「俺に言われてもな。クレマのご機嫌を取るのは難しいぞ。」
「ならばやっぱり武研だ。武研でクリスの一番弟子になる。」
「それは無理だな。クリスの一番弟子は俺だ。お前は俺の弟弟子にしかなれない。」
「ク~。俺はどうしたら良いんだ。」
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にわか雨に洗われた木々の葉が、そよぐたびに光るのを窓の外に見ながら、クレマとユニとグレースがお茶をしている。
「いよいよ冬ね。」
「まだぴんと来ないけど、この暖かさが去ったら冷たい風が吹くのかしら?」
「グレース、帝都の冬はどんな感じ?」
「そうね。木枯らしが吹いて寒い。空気が乾いて埃っぽい。かな、」
「雪は降るの?」
「正月一日に雪が降ると縁起がいいと言われているけど、そのあたりに一回かな。」
「それっきり?」
「うーん、2月の真ん中あたりにドカッと降った年があったわ。毎年そのあたりに何日か降るかな。」
「そう、そしたら、雪解けと共に3年生は卒業って感じかしら。」
「私達は3月の終了式に向けて猛勉強ネ。」
「ところで、クレマ。生徒会をほっぽり出してトルカ先輩たち3年生は何をやっているの?」
「たぶん12月の対抗戦に向けてのいろいろだと思う。」
「いろいろって?」
「詳細は分からないわ。文化祭の報告を学院に上げなきゃいけないんだけど、取り敢えず今週は各部署から上がって来た報告書や始末書の下読み査読を1年生にさせて来週に生徒会としての報告書を作成して学院長に提出という感じね。」
「それで?」
「報告書は2年生に書かせるとして、3年生は比較的暇な今週から対抗戦の準備に入っているみたい。」
「でも、対抗戦て、軍事専攻の3年生がやるんでしょ?」
「最後の作戦行動はネ。」
「最後の作戦行動はねって、それ以外があるの?」
「今年はどんな形式になるのかは分からないけど、生徒会長に対して学院長から内示があったらしいわ。」
「内示?」
「今年はこんな感じの事をするという内々のお話が合ってそれで対応策を生徒会3年生が話し合っているのよ。」
「なんで?」
「それは分からないけど、サラ部長が教えてくれたのは例年、12月1に対抗戦の官僚専攻の組み分けが発表されるんだって。」
「官僚専攻が?軍事専攻じゃなくて、」
「そう、官僚組に対抗戦の説明があって、次の週に学術専攻組が解禁になるんだって。」
「解禁とはどういう事?」
「たぶん、第1週かけてそれぞれの官僚組が何をどうするかを決めるのよ。そしてその現実化のための計画と実行可能な手段を学術組と検討に入って作戦の計画立案をする。」
「軍事専攻組は?」
「第3週に各官僚組に組み分けされた軍事専攻組が配属され、各官僚組から配属軍事組に作戦が言い渡され実行されるという段取りらしいわ。」
「なんだかひち面倒な感じだけど」
「3年生の卒業試験みたいなものだから3年生の総力を出させるためじゃいかしら?」
「卒業試験か・・、私達もやるのよね。」
「そういう事ね。官僚組がマスタープランを立てて、それを実現可能な具体性を持たせるために学術研究組の力を借りるのか?」
「そういう事ね。誰がどんな研究をしているのか熟知とはいかなくてもだいたいは把握していないと短期間で作戦立案はできないわ。」
「でも、それだと軍事組の意見というか考えが全く反映されなくて軍事組はやりにくくないの?」
「現場の意見て言うやつね。」
「それは大事ですね。今度そこのところがどうなのかそれとなく聞けないかな。」
「そうね。そういう事は大事ね。でも今はひとまず仕事に戻りましょう。文化祭では何が行われて、どんな出来事があったのか探り出すのよ。」
「クレマ、何だか楽しそう。」