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帝国学院編  5タップ-2  作者: パーナンダ
76年2学期
132/204

 9 十七夜(かのうや)

 天の()は黒き天道の残り四半分に入り、地は(ひそ)やかさを増す。

 帝国歴76年11月17日の地上は、初冬というには穏やかな陽陰(ひかげ)を楽しんでいた。

 ルイは文化系茶会部の入部希望者として、文化祭最終日のお茶会に参加していた。今日は見ているだけでいいとのことで、邪魔にならぬよう広い会場の片隅の椅子にひとり座る。いつしか窓から差し込むからんとした黄色い日差しに、穏やかな微睡(まどろ)みへと包み込まれて行った。


 微睡む意識の中でルイはこの1年の出来事を想起する。


 13歳の時、生家を逃れてツェーリン辺境伯領軍に少年兵として志願入隊した。ツェーリン辺境伯領はオディ川の東にある大河リバセンの西側右岸にあり、帝国最北東領地である。領土のほとんどが草と荒れ地の高原である。入隊して早々、後にヴィロマ紛争と記録される辺境伯領の内乱に従軍することになった。少年兵だというのに初出動で戦闘に巻き込まれ、隊長を守る形で気絶していたのを収容された。


『何がどうしたのか、全く覚えていない』と思う。辺境伯領が解体され、ルイはヴェルデン侯爵家の軍に編入された。紛争の論功行賞の過程でルイが注目され、本人の知らない間に養子縁組がなされた。平民のシモン家の者として教育訓練を受け、辺境のヴェルデン侯爵推薦で帝国学院入学者候補の名簿に載り、入学が許可されると76年の1月1日にヴェルデン侯爵の騎士爵に叙任された。そして、養父母への挨拶もそこそこに、帝都に送り出される。


 『今は夢のようだ。』いろいろあった。いや、嫌な思い出だけだ。年長の姉が庇って抱きしめてくれた事だけが唯一の思い出の様にも思う。その姉も10歳の時には何処かへ消えた。12歳まではひたすら耐えた。13になって何とか逃げだし、田舎の営舎に転がり込んだ。下働きをして認められ、隊長の計らいで少年兵に成れた。そして今がある。


 『騎士になりたかった。』朧気な記憶にある全身鎧(フルプレート)の騎士の姿。剣の握りを教えてくれて、褒めてくれた。「立派な騎士になれ」と言われたと思う。そう思い込みたいだけだったかもしれないが何故か騎士に叙任され、形ばかりの騎士爵となった。『本物の騎士になりたい』そう願っていたら、クリスとクレマに出会った。そして今、本物の騎士になろうとしている。


 『ありがとう』心よりそう思う。


 「なんだか気持ちよさそうね。」


 隣に、僕の女神が座る。


・・・・・・・・・・


「ユニ、ありがとう。取り敢えず、終わりにしましょ。」会計部の机の上の資料の山の中から顔を上げてクレマが言う。

 

「そうですね。取り敢えずざっと目を通しました。ギルド学校で習った簿記が役立つとは、」


「私も専門家がいて助かるわ。我流だと限界があるし。」


「専門家なんてとても。・・いくつか気になるとところが有りますが、それは追々ですね。」

 

「生徒会の仕事が研究発表の代わりになる訳が分かったでしょ。」


「これは研究というより正しく実践ですね。」


「ユニも生徒会に来ない?今ならサラ部長に頼んで会計部に入れてもらえるわ。」


「この三日そのことを考えていたんですよね。2年になったら社会学部の商学関係に進もうと思っていたんです。」


「そうなの、それなら誘った甲斐があったわ。」


「文化祭の初日、二日目と商学関係の研究発表を見てみたんですが、思ったよりも良いものが無くて。この世界は現実を後追いする形でしか研究が進まないですからね。決めました。クレマ、よろしくお願いします。」


「そうと決まれば、早めに食事に行きましょ。今日は水の曜日よ。」


「そうですね。でも、いつも思うんですが、晦日行は結局成果が上がっているんでしょうか?」


「もちろんよ。みんな進歩しているわ。自分ではなかなか分からないだろうけど。」


「そうなんですか?」


「実際、私達も自分の進歩が分からないわ。でも、他の人たちの進歩は分かるの。自分が通った道だから、振り返るとみんなが着実に前進しているのが分かるの。」


「なんか勇気が出てきました。」


「その調子で頑張って、特に今日は17日だから。」


「17日だからって特に何かあるんですか?」


「17夜月は別名、かのうや、と言うんですって。夢が叶うって。」


「へ~、そうんですか。」


「リボンを叶結びにして今日は座りましょうか。」


「それいいですね。みんなに教えてもいいですか。」


「もちろん。じゃ早速カフェテリアに行きましょ。誰かいるかもしれない。」


・・・・・・・・・・・


 オルレアとクリスが研究発表会の会場(ホール)を抜け出して、エントランスを歩いている。


「クリス、何処かに座って茶でもするぞい。」


「オルレア、今は何遊び?」


「お姫様に決まっておるのじゃ、つべこべ言わんと茶でもしばくぞえ~。」


 エントランスから会場建屋の外へ出るとクレマとユニの二人連れに出会う。


「あら、オルレアにクリス抜け出してきたの?」


「そうなのじゃ。めぼしいものはもう終わったでな。茶でもシバいたろかと思っての~」


「オルレア、お姫様がはしたない。もう・・クリス食事は済んだの?」


「えぇ。今日は水の曜日なので早めに済ませました。」


「じゃ、私達とお茶しない。ちょっと手伝って欲しいの。」


 会場(ホール)裏手の路地に入り込み、とある建物の外階段を上ると、重厚な扉の前に立つ。


「ここは何じゃ、飲み屋ではないか。クレマはこのような所に出入りしているのか。不良なのじゃ。」


「私も初めてよ。文化祭週間だからお咎めはなし、安心して。」


「クレマは誰と来るんですか?」


「ユニ~、初めてって言ったでしょ。」


「でも~、普通学院生はこんな大人びた処へは来ないですよ。」


「ウリの紹介よ。」 


「ウリはこんなところに入り浸っておるのか。」


「まあ~、そこは特務という事でさ~入りましょ。」


カウンターの中にバーマンがひとりグラスを磨いていた。


「あのー、いいですか?」


「どうぞ、いらっしゃいませ。」


「未成年が2名いるんですけど、」


「もちろんです。只今は文化祭期間中ですのでフレッシュジュースやお茶などもご用意しております。」


「それでは、昼頃には退散しますのでよろしくお願いします。」


「ご丁寧にありがとうございます。では、四人さまですので奥のテーブル席がよろしいでしょう。ご案内します。」


 入り口正面のカウンターバー前を折れ曲がり奥に通される。二人用テーブルを寄せて四人掛けにしてくれるのを待ちながら、物珍しく壁や逆さに吊り下げられたグラスなどを見やる。


「さあ~どうぞ。お酒以外のお飲み物リストです。お勧めはやはりぶどうジュースでしょうか。」


「わらわはぶどうジュースじゃ。」


「私も同じでお願いします。」


オルレアが即答し、ユニが追随するとクリスは


「カリンジュースとは珍しいですね。」

 

「そろそろ旬が終わりますが、酔い覚ましに好まれる方もいらっしゃいますので、砂糖漬けや果実酒にします。その前にフレッシュでお召しになるのも良い経験かと思います。」


「では、私はそれを」


と、クリスがオーダーするとクレマは考え込んだすえに、


「このお店のオリジナルブレンドの紅茶を」


と頼む。バーマンが下がると、すかさずユニが、


「考え込んだ割には紅茶ですか?」


「そうね。ちょっと気になる事があって」


「そうかそうか、そう言えば誰かさんが茶会部に入ったの~、」


「そういう訳じゃないんだけど・・・面倒だからそれでいいわ、」


「奥歯に物が挟まっているみたいな物言いね。それよりクレマこれを作りましょ。オルレアもクリスも手伝って。」


各自の飲み物が運ばれる。バーマンがテーブルの上の紐に目を留め、


「僭越ながら叶結びの飾り紐ですか?」


「よくご存じですね。」


とクレマが答える。


「カウンターでひとり召し上がる女性のお客様が、手すさびに結ばれるのを拝見しまして、いろいろ教えて頂いたことがるんですよ。」


「なんだか、カッコいい。」


「そう?訳アリみたいに思えるけど、」


「まあ、人それぞれでして、いろんな方にご利用いただいております。」


「それで?」


「はい。その方に四つ輪の叶結びを教えて頂いきました。」


「え~、そんなのあるの!是非教えて下さい。」


「そうですか。それでは、他のお客様まがいらっしゃるまでという事で」


とバーマンは椅子を一つ引き寄せ、


「こうすると二つ輪になりそこから三つ輪になります。・・・・」


丁寧に作り方を教わっていると、ドアベルが低く静かに揺れた。


「今日は、ご店主いらっしゃいますか~」


と声が掛かる。


「お客様のようです、」


と立ち上がるが、


「あれは、ウヅキの声なのじゃ」


とオルレアが言うので、クリスが立ち上がりドアの方を覗き込む。


「あれ、ウヅキにテヒじゃないですか。どうしたんです?」


「どうしたもこうしたもないけど、まさかクリス昼酒?」


「いいえ、クレマとユニにお茶に誘われたので、連れてこられたのがここです。」


「と言うと、オルレアもいるのね。」


「そういうテヒこそ何用じゃ。まさかここで給仕の仕事(バイト)でなかろうな」


「あら、それもいいわね。」


「違いますよ。私が入ろうと思っているお菓子同好会の手伝いをしていたら、テヒがちょっと焼き菓子を作ってくれて、それをここの店長が目敏く見つけて、お店で出したいからと注文を頂きました~。それで配達に来たのよ。」


「テヒが作った酒のアテなら一杯やりたいわね。」


「クレマ、今日は飲めないでしょ。」


「クレマは酒を飲んでおるのか、学院生の分際でけしからんぞ」


「オルレアはまだ未成年でしょ。それに私は飲んでないわよ。でもテヒが作った酒菜ならぜひ頂きたいわ。」


「残念ね、乾きものよ。ちょっと摘まむのによい焼き菓子という事でビールに合うものを頼まれたの。あと、試作品も持って来たんだけど試食してみて意見をきかせてほしいわ。ねー店長さん暫くいいでしょ。」


・・・・・・・・・・・・・


 店長が席とテーブルを用意してくれ、二人にはお茶とみんなの水を出してくれる。


「このスモキーな焼き菓子はチーズが入っているのかしら?」


「流石クレマ、良く判るわね。」


「これならウヰスキーという感じだけど、どの銘柄がいいかまでは、分からないわ。」


「それは、店長というよりお客様が好みで決めることでしょ。クレマにはまだ早いわ。」


「それにシガーにも合いそうね。シガーバーにも販路拡大か。あ、店長ごめんなさい。」


「いえいえ、貴重なご意見です。この白いのはいかがですか?」


「これはメレンゲ菓子ね。」


「もっと甘ければブランデーなんかにも合うかもしれないけど、ちょっと可憐すぎない。」


「ユニ、そこがいいのよ。酒に合わせているのでなく、ここのお茶に合わせてるのよ」


「ここはバーよ。お酒を飲みに来る飲んべばかりなのに甘いお菓子を食べにくる人なんている?」


「いないいないバーなのじゃ。」


「ユニはまだこんなお店で彼氏どころか、単なる男友達とも飲んだことないでしょ。」


「男の人と二人でなんてお食事だってないですよ。」


「そういう娘が狙いなのよ。」


「どうして。」


「彼に健全なお店での食事の後、ここに連れてこられたらどう?」


「う~ん、ドキドキかな、」


「そうよね、私を酔わせてどうしようというのよ、と思ったらちょっと心配になって・・」


「お酒でなくお茶けを頼むのじゃ。」


「ありがと、オルレア。笑えないけど。」


「そうなんだ。」


「それはいいのよ。女としては当然の危機管理よ。それで紅茶を頼む。でも、ここのお茶はアッサムベースでちょっと渋みがある。まあ、お酒に負けないように当然だけど、でも、渋っとか苦っとか思うわ。」


「そうなの?」


「そうしたら、店長がそっとこの白くて甘くて可愛いメレンゲ菓子を二つ三つ小皿に乗せてこういうのよ「よろしかったら、サービスです。」って。」


「サービスって、ただってこと?」


「そうよ、ちょっと大人なお店で大人な値段の飲み物だけど、でも、彼に負担をかけることなく安心してあなたは一つ摘まむの。そして、おいし~いって顔に出しながら彼を見つめる。」


「甘ーい顔とうるんだ瞳で男を見つめるのじゃ」


「そしたら彼もホッとして、固く緊張していた身体をあなたの笑顔にとろかしながらあなたの事をきっと可愛(・・いと思うわ。」


「素敵!」


「それを狙って店長に甘いお菓子を仕入れさせようというテヒの魂胆ね。」


「あらあら、そんな風に言ったら身も蓋もないじゃない。」


「そうなのかテヒ。」


「違うわよ。みんなクレマの口車に乗せられてひどい目に合ってるでしょ。クレマの妄想よ。クレマが誰かを連れてきてやってみたいことを言ったまでよ。」


「もしかして、クレマは女の子が好きなの?」


「何を言っておるユニよ。お茶好きの男がいるではないか。かあ~かっかっかっか。」


「オルレア~。」  


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