8 中間試験
明日からは11月。天は冬も中半だが、大地は木々の色づきの盛り、落ち葉を踏み始める頃である。窓辺から秋桜の一斉に揺れるのを見ながらクリスは溜息を搗いた。
「どうしたのじゃ。」
オルレアが声を掛ける。
「木々も街も色づいて行くのに、私は何も変わらないな、と思って。」
「何じゃ、明日からの試験が心配なのか。」
「オルレアは大丈夫なの?」
「試験対策班がいろいろ頑張ってくれたのじゃ。赤点は取らぬまい。」
「剣なら多少は心得がありますが、ペンは心許ないです。」
「ペンは剣よりも強し、なのじゃ。」
・・・・・・・・・
茶店の残り香を色のない風に飛ばし、アダンの踏む枯れ葉に秋湿を聞き取る。クレマはアダンと肩を並べて歩きながら髪をかき上げたついでの様に、背の高い横顔に視線を留める。
「どうした、そんなにいい男か?」
「ルイ、大丈夫かしら。」
「そこか~、男子も優秀な試験対策班が付いている。」
「数学苦手だって・・・」
「女子班からもらった、数学のこれだけノートを丸暗記させた。」
「ちょっと字が汚くて、読み取ってもらえないかも・・」
「読み取ってもらえなくても、汲み取ってはもらえる・・・」
「どうして、座学は男女別なの。他の事は公平平等なのに!」
「お前みたいな奴がいるからさ。」
「・・・どういう事、」
「座学は真面目で細やかな女子がどうしても点数がよくなる。」
「その傾向はあるわね。」
「男女別無し、一斉試験なら上位30名に何人男子が入れるかだな。」
「でも、首席はロランかボウンの男子の争いでしょ。」
「あの二人と女子のベイユやヒュパ、カナリーの天才組は別だ。努力で何とかなる範囲の話さ。」
「ルイだってカーマだってがんばってるわ。」
「そういうとこだよ。クレマ先生。」
「?」
「だいたい、学院に来た時点ですべての学院生は、何らかの天才秀才奇才だ。少なくともその見込みはある。」
「そうね。」
「傾向として、男子は座学には向かないのが多いってことさ。」
「だから?」
「女子は色恋に敏感だってこと。」
「ちゃんと説明してよ。」
「自分が恋した男のつまらないプライドを守るために態と順位を譲ろうとしたりする。」
「男の子はね~。変な所で傷つくから。」
「だろう。傷付くのがかわいそうでついケレスミスをするのが女心だ。」
「う~ん、流石誑しのアラン。よくご存じで、でも分かるわ。」
「お前は大丈夫か?」
「私?私は叱咤激励タイプね。悔しかったらここまで恋。なんちゃって、」
「でも、控えめなタイプとか不慣れなタイプは?」
「例えば・・ヒュパ・・は全方位に安定的なインテリだから、態と順位を譲るなんてことはしないわね。そんなことしたら後が大変だって分かってるわ。あぶないのは意外とベイユみたいなうぶな娘ね。愛情表現の仕方が分からいとか、これが愛だとか勘違いするかも。」
「だろう。」
「だからってそれも本人の自己責任じゃない?」
「意外と厳しいな。でも、ここは教育機関だぜ。人生の厳しさをまともに食らう前に、安全な形で擦り傷位で、体験させたいじゃないか。」
「何時から教育パパなの、」
「だから、1回生の時ぐらいは男女別々に順位を争って、女子にはその能力を純粋に発揮してもらいたいという親心さ。」
「なんだか女子学生の為の男女別みたいないい方ね。」
「パパとしてはね。」
「いい人ぶって、誑しのテクでしょ。」
「ひとをなんだと思ってるんだ。女を泣かせたことはないぞ。」
「きっと今朝の秋時雨は、あなたの所為ね。」
・・・・・・・・・・
喫茶店の片隅で食研の女子がテーブルを囲んで勉強している。
「御礼券でこうして勉強できるのは有難いけど、晦日行明けの頭にはなかなか入らないわね。」
「昼時を避けてきたけど、それでも人が少なくない?」
「学生は明日に備えて自習棟で勉強しているでしょうし、他の人は帝都に出ているわよ。」
ドアベルが鳴りお客が入ってくる。
「ルシア見ちゃダメ、ベイシラよ。何しに来たのかしら。」
「テヒを捜しているんだと思います。」
「二人ともいい加減にして、・・ベイシラどうしたの。」
とテヒが手を挙げる。ベイシラがオヤッという顔でこちらを向くと、近寄って来た。
「明日から試験だというのに君たちは余裕だね。」
「そういうあなたは何しに来たの?」
「もう3時だぜ。一息入れに来ただけだ。」
「私達は自習室が満室だったので、ここでお勉強よ。」
「3組は出足が遅いからな。昼まで寝ているからだ。」
「まあ、それはしょうがないわ。ベイシラも晦日行に参加すればわかるわよ。」
「参加していいのか?」
「たぶんいいはずよ。学院生なんだし。一度、体験しているでしょ。」
「卒業ダンスパーティーの前の日のだな。」
「そうよ。」
「3組は毎月やっているのか?」
「ううん。毎週よ。」
「毎週か?それは大変だ。」
「ルイなんか、その上毎日、武術の朝稽古よ。」
「それであんなに強くなったのか。と言いう事はクリスが教えているのか」
「そうよ。あと武研の何人かが、付き合っているわ。」
「それじゃ、部会活動は何処の武術部に入るんだ。何処に入ってもたちまち首席だな。」
「それが、どこにも入らないみたい。」
「何処にも?」
「そう、もっとも同好会はランス同好会とか言っていたわ。」
「ランス?馬上槍だよな。今時騎兵も使わないだろう。」
「ルイは騎兵じゃなくて騎士だから。」
「そうか。騎士と言えば、金属鎧に騎乗槍という訳か。」
「同好会で気楽にやるにはちょっと大変そうだな。」
「でも、練習する機会が無いそうよ。」
「だったら、研究会に入ってランスを専攻すればいいだろう。」
「それが、プっ、笑っちゃだめよ・・研究会は文学よ。」
「ハハハ、それは笑わずにいられない。あの剣術馬鹿が文学!」
「悪いわよ、でも本気らしい。」
「クレマの命令か?」
「本人のたっての希望とか。」
「何故だ。何を考えてる。」
「なんでも騎士の本当の姿を知りたいらしくて、試験が終わったら古代語の勉強らしいわ。」
「古代語。本格的に騎士を研究するんだ。」
「おかげで、武研は古代武術研究とかでほとんど文化部の歴史系か古代語系に行くみたい。」
「訳の分からん奴らだな。それでルイはもう一つは何処へ行くんだ。」
「それが、どうも茶会部みたい。」
「お茶か?」
「研究会は文学で、部は文化系茶会部、同好会は体育系騎乗槍ね。」
「良く判らん選択だ。ところで、テヒはもう決めたのか。」
「まあ、だいたいね。研究会は人文系で、同好会は園芸かお菓子にしようと迷ってる。」
「それなら部活は体育系か?」
「水泳ね。今、調整中だけど。」
「水泳?」
「正確には潜水だけど。」
「潜水・・・。」
「男子禁制よ。」
「何故だ。」
「水着姿目当てで来られてもね~。」
・・・・・・・・・
11月13日は週初めの木の曜日、2週間に及ぶ中間試験が終わって1年生はホッとしている。新しい時間割は発表されているが、今週は文化祭で授業はすべて休みである。
「あなたが生徒会役員希望という奇特な人ね。」
「はい。1年女子3組クレマと言います。」
「3組のクレマさん、苗字はあるの?」
「はい生徒会長。エンスポール。クレマ・エンスポールです。」
「私は、生徒会長のエラ・フォン=ジュラルド。エラと呼んでいいわ。私もクレマと呼ばせてもらうわ。」
「はい。エラ生徒会長。」
「それでいいわ。ところで、希望する部署とか仕事とかあるかしら?」
「これと言って、特にはありません。」
「よろしい。それでは、取り敢えず会計部を手伝って。会計はいまから猫の手も借りたいくらい忙しくなるの。サラに仕事を教えてもらって。会計部はあちらのドアよ。」
・・・・・・・
会計部のドアを開けると、会計部長という卓上名札のある机の他は六つの部員用の机と壁際の長椅子があるだけで誰も見当たらない。
「あの~、すいません。」
と声を掛けるが意を決して大きな声で、
「誰かいませんか。」
と声を掛ける。
「ウぉ~い。」
と、寝ぼけた音が聞こえた。ドアの陰の長椅子から顔を覘かせて背伸びをする女学生があった。
「すいません。一年生のクレマと言います。エラ会長に言われてここに来ました。」
「あ~、生徒会を希望する変な1年生がいると言ってたけど、あなたの事ね。」
「はい。たぶん。」
「今、何時かしら?」
「12時を少し回った処です。」
「食事は?」
「いえ、まだです。」
「食事もせずに生徒会に顔を出すとは変人か小心者ね。よし、今からお昼に行きましょ、ついていらっしゃい。」
・・・・・・・・・・・・
少し歩いて森の中に行く、緑蔭茶店の看板をみて「あら、」と思うが顔には出さず付いて入る。
「本当は、1年生には教えちゃいけないんだけど、あなた見込みがありそうだから2年になっても生徒会に残るという約束で、いいわね。」
「は・・い。」
「ここは、個室風になっていてあまり他の客の目が気にならないの。最も夜はお酒も出るので教授たちも利用するから大声は禁止よ。見つかるとちょっとね。」
「叱られるんですか?」
「いいえ、酒の肴にされるの。」
「ところで、文化祭は見なくていいのかしら。研究発表や演武をみて研究室や部会を決めるひとが多いけど。」
「もう決めているんで、」
「そうね。研究室の代わりに生徒会を選んだ当り、上の学年に知り合いが居るのかしら、いずれにしろ情報通ね。」
「どういう事でしょうか?研究会の代わりになると聞いて・・・研究とかあまり得意でないので、」
「まいいわ。猫を被るのも上手そうね。」
「・・・・」
「仕事はきついけど面白いわよ。生徒会は」
「はい、」
「研究会は1年は何処も手伝い下働きね。2年時の研究発表の様子見。自分に合わないと思った時は来年4月の進級時に変更可能。だけど、あなたはここに来た以上、変更不能よ。さあ~、食べましょう、今日のランチで良かったわよね。それしかないけど。」
「頂きます。」
「部活は何処?体育系?」
「被服部にします。」
「何故?」
「家政学分野に進もうと思って。」
「はぁ?生徒会なら官僚専攻じゃないの?」
「いえ、学術専攻志望です。」
「どうして?官僚志望でしょ。」
「生徒会だと、どうして官僚志望なんですか?」
「それを聞いたから生徒会に来たんじゃないの?いったいなんて聞いてきたの?」
「学園ものなら生徒会だとヴィリーが言っていたので」
「ヴィリーが何者でどういう意味だか知らないけど、いいわ教えといてあげる。生徒会の役割は学院生の自主的活動である生徒会活動の運営管理よ。」
「はい。」
「学院生1500名の管理は軍隊なら大隊1000名よりは多いの。つまり生徒会長は軍隊なら中佐格という事。中佐と言えば10万都市の市長並み。ま~領民もいないし行政領地もないし学生だから実際はそこまでの評価は無いけど軍なら少佐、官僚なら町長経験並みの実績評価。私は会計部長だから村長並みね。」
「・・・・・」
「あなた、会長は無理でも総務、会計、書記、風紀、監査これに体育系会頭と文化系会頭を加えて俗に7奉行と呼ばれる役職に付けば出世コースに乗れるのよ。どう?、すごさが分かったでしょ。」
「は・・い?、」
「ピンと来てなさそうね。軍でも官僚でも学術でも国のトップを目指すべきでしょ。」
「はぁ~、」
「無欲なのは美徳だけど、学院に入った以上、出世するのは権利でなく義務よ。」
「すいません。」
「同好会はどこ?」
「乗馬同好会にしようと。」
「何故。」
「馬に乗れないので、」
「う~ん、官僚志望ならいい選択だけど問題があるな~。」
「問題と言いますと、」
「視察に馬で気軽に行ける官僚というのはいい選択だけど、練習用の馬どうするの。研究会なら費用が出るし、体育系の乗馬関係ならそれなりに部活費が下りるけど、同好会は基本自費でしょ。」
「そこはなんとか・・・。」
「実家が大金持ちのお嬢さんか~。」
「そうでもないんですが、」
「じゃやっぱり,生徒会で、しかも会計部で頑張りなさい。蛇の道は蛇よ。」
「良く判りませんが、」
「昔、伝説的な会計部長がいたの。」
「はい?」
「その人が残した伝説の言葉を教えるわ。」
「それは何でしょうか?」
「大義名分あれば何でも通る。あれがなにして、なんとやら~、よ。」
》ソシ中佐~~~!《