7 宴のあと (10月1日後半)
招待客のすべてが退場し、会場の扉が閉められると、手際よく片づけが始まる。
「休憩ヨ。お茶にしましょう。」
と、テヒ達食研とメイド役の学生が残り物で作ったケーキや焼き菓子、果物の残りの大皿を運んできた。
「一服して、一息入れたら私達の夕食用ににテーブルを並び替えて。料理長がローストビーフでも切ってやれと許しが出たので、ジョンソンが今、仕上げにかかっているから。」
「やった~。」
「饗宴と同じとはいかないけど、テヒが賄いを担当するって!」
「ばんざい~。」
「さ~みんな、もうひと働きだ!」
・・・・・・・・・
イーファン家宰の執務室の応接セットにソシ中佐とクレマ、サング曹長が座っている。一同が押し黙っているので、家宰が執務机から立ち上がりながら
「お茶でも入れよう。」
というので、ソシ中佐が
「クレマ」
と、ひと言。
クレマは、スッと立ち上がると一礼してワゴンの前に歩み立つ。湯沸かしの様子を見、茶葉を聞き、カップを温め、お茶の手順をゆっくりと踏んでいく。
「さて、どう説明をしてもらおうかな、中佐。」
「困りましたな、どうするクレマ。」
クレマはゆっくりとお茶をサーブし終わると、一礼して自席に戻る。
「どう説明と言われましても、第一弾としては上々でないでしょうか。」
「第二弾があるという事か?」
「たぶん。」
「理由は?」
「このテロは稚拙すぎます。」
「ほう~。王城に武器を持ち込むのは、非常に難しいと思うが。」
「そこです。」
「どこだ。」
「本来は饗宴の給仕を30名も送り込めた時点でこのテロは成功です。」
「何故か?」
「私なら、武器など持ち込まず、素手で十分です。」
「お前のその細腕でか?」
「私ででも、です。まして今日ほどの手練れなら、少し訓練すればもっとましな結果を出せます。」
「どうやって、しかも素手で」
「私なら、陛下が着座し、大扉が閉まった時点でカトラリーのナイフつまり大ぶりの肉料理用ナイフで人質を取ります。先ずはドアを制圧し鎖か閂で外から邪魔が入らないようにして後は目的に応じてやりたい放題です。」
「目的?」
「テロは政治的要求の暴力による実現が目的です。高位高官、出来れば陛下を人質にとって交渉ですね。」
「そうか。武器は既にテーブルの上に用意されていたのか。」
「そうです。なのに武器の持ち込みに固執している時点で何か違和感、素人臭さを感じます。」
「なる程。素人の暴走か?」
「どうでしょう、表向きはそう見えますが。尋問してもたいしたことはないと思います。」
「というと、」
「踊らされた。または、裏で糸を引いている。です。」
「それは誰だ。」
「分かりません。情報が無さすぎます。」
「とすると今後の動きか。」
「はい。この度、敵は陛下の周りにベレー帽部隊が控えており、かなり強力で多才だと知りました。」
「まあ、グリーンとルージュは知られているからな。」
「はい、それから類推すれば自ずと今回のオーカーベレーの部隊が陛下直属の部隊かそれに近いものと思うでしょう。」
「敵が切れ者なら、陛下や王城、帝丘への直接攻撃は控えるか。」
「はい。オーカーベレーの正体を探りに来るでしょうが基本情報戦です。」
「武力を使った大規模な攻撃は無いという事か。」
「それは分かりません。」
「何故。」
「私なら、国境辺りで紛争を起こして、帝国の動きを観察します。」
「成る程、オーカーを引き出せたら儲けもの。領地を奪取して気勢を上げるもよし、帝国軍の今の実力を図るもよしか。」
「敵が行動を起こすと決意しているのならです。」
「すまん。一服させてくれ。」
中佐は卓上のシガーケースをから一本取り出すと、ギロチンカッターで吸い口をカットする。シガーマッチに火を付けじっと見つめている。長いシガーマッチが燃え尽きる前、指の熱さに慌てて灰皿に捨てる。二本目のマッチに火を付けて構える。シガーのフット面を回す手が止まる。
「中佐それでは片燃えしてしまいます。」
「おっ、すまん。」
とマッチを灰皿に捨てる。三本目のマッチを手に取り弄ぶ。やっと気持ちが落ち着いたのか火を付ける。シガーをニ、三度、スパスパと強く短く吸って火を移す。火口の美しさに満足したのか一服深く吸うと、
「これは・・なかなかいけるな~。」
と呟き、シガーケースから新しい一本を取り出す。
「どうだ、大尉も」
と、勧めてくる。
「私は吸いません。」
「いける口だと思ったんだがな~。」
と言いながら何気に内ポケットに仕舞うと、
「敵を特定できない。今後の動きを注視するしかないだろう。イーファン閣下。陛下にはよろしくお伝えください。我々は通常任務に戻ります。何かあったらお知らせください。」
といって、立ち上がる。
「大尉、お茶など飲んで居らんと、部下を労いに行くぞ。」
・・・・・・・・・
長い廊下を歩きながら中佐が、
「私はこれから行くところがある。あいつらは返してくれ。」
「はい。勿論です。」
「マリー少尉と軍曹を誘って、四人で慰労会に行ってこい。」
「畏まりました。」
と、サング曹長が敬礼をする。
「私も着替えて皆と合流します。」
クレマも敬礼する。
「当分はお前を呼び出すこともないだろうから、学生の本分に立ち戻れ。」
「え~、そろそろ退役させて下い。」
「私は構わんが、旦那の出世に関わるぞ。内助の功は“良妻賢母”の必須だろう。」
「そんな~、」
・・・・・・・・・・・・・・・
舞踏会場では島に分れて、今日顔見知りなった王城の給仕係や厨房係りと、学院生が寄り集まって大皿料理を分け合っていた。黎明の女神たちは幹部を持て成す為に一つの島に集っている。学院生の制服に着替えたクレマと少尉たちを見つけたオルレアが手招きするのを目敏く見つけ、サング曹長に上座を勧め、クレマはルイの隣に座った。
「皆さん、マリー少尉とサング曹長、そしてローズマリー姉さんを紹介します。」
とクレマがみんなに三人を紹介する。(ローズマリー軍曹は喉を詰まらせているのをスルーして)オルレアが、
「アダン達が敬愛するサング曹長の号令、素晴らしかったです。」
「流石、毎日練兵場で鍛えておられる方の迫力は違います。」
と、クリスが賛辞するのを聞いて、一人の黒服が咳き込む。
「大丈夫ですか?」
とクレマが聞くと、
「女性の方だったんですね。」
と、答えた。
「サング曹長、今のはセカンド・フットマンのテヨプさんとその隣が、セカンド・シェフのジョウンさんじゃ。どちらも若手の期待の星じゃ。」
「そうですか、テヨプさんはクリスが女性だとは気付かなかったのですか?」
とクレマが受けると、
「はい。ひと言も発せられなかったので、それに黒服がとても凛々しくて。」
「クリスは今日は警備隊長だったからな。余計な事はしゃべらなかったのじゃ。」
「警備隊長?あの隊長はルイさんではないのですか?」
「ルイは下っ端なのじゃ、の~マリー少尉。」
「へェ、わたくしですか。」
「そうじゃ、マリー少尉はルイに剣の試合で勝って居るではないか。今日のルイはどうじゃった。少しはつかえるようになったかの。」
「何だって、ルイに勝った?」
「どうした、ファイ。マリー少尉はグリーンベレーの士官殿じゃ。強くて当たり前なのじゃ。おお、これは失礼した。こっちが学院生の1組のファイでそっちが5組ベイシラじゃ。それから男どもの中に置いておくとめんどくさくなるので連れてきたが、2組のシアリと4組のウチダ、それに3組のエミール、今日の目玉じゃ。」
「目玉ってそんな言い方は無いわ、長笹耳の三妖精ってどうかしら。」
「クレマのネーミングはいまいちなのじゃ。」
「あのー、テヒさんは妖精ではないのですか?」
「ジョウン殿はテヒの事が気になるか。」
「はい、このローストビーフを短時間で作られたジョンソンさんといい、このカクテルサラダを作られたジョーさんといい凄い力量です。認めざるを得ないです。」
「ロービーはジョンソンだが、カクテルサラダはジョーなのかな。テヒではないのか?」
「私はカクテルソースを作っただけ、カットはもちろんジョーよ。大量に作って作り置きになるというのでちょっと大きめにカットしてあるわ。」
「そういいえばちょとデカいのじゃ。6.5ミリか。」
「ジョーさんはそんな細かく切り分けられるのですか。」
「あら、ジョーが言うには、100分の1ミリまでは人の世界の事だそうよ。」
「2ミリのジョーも腕をあげたのじゃ。今ではテヒのJ*Jと言われとるがの」
「そう言えばマリー少尉はあれから闘牛のマリーと異名をとっていましたが、どうですか?」
と、聞くルイに、テーブルの下で蹴りを入れてクレアが
「そんなことより・・、」
「いや、俺が聞いたのは赤き血のフェロモンと聞いたが、」
「何じゃそれは、わらわは聞いとらんぞ。」
「イシュクがボヤいていたんだ。あの少尉の所為でどれだけの男が血を流したか分からないってね。」
と、アダンが追い打ちをかける。マリーは真っ赤になって下を向くがそこに向かってファイが、
「流石、ベレー将校。凄腕なんですね。今度是非、ルイに打ち勝つ方法をお教えください。」
と頭を下げる。増々、縮こまる少尉を救おうと、
「アダンだって、女誑しの、とか誘惑のバリトン、とか言われてるじゃない。」
「女泣かせのアダンなのじゃ。」
「俺は泣かせたことなど一度もないぞ。」
「賺したり宥めたりのテクニックがすごいのじゃ。」
「オルレア!ヒヨコ組のおじゃ姫がピーピーうるさい。」
「わらわはヒヨコではないぞ。姫様なのじゃ。」
「姫様がおじゃおじゃ言わないでしょ。」
と、クレマが割って入ると、
「そういうお前が一番悪い。この黄色い魔女め。」
「お前が裏でいろいろするから、みんな巻き込まれる。この黄色い悪魔。」
「みんな済まない。」
と、ルイが立ち上がると一斉に
「「「「「なんでルイが謝る。」」」」」
喧々諤々、怒鳴り合う5人に向かって
「静かに!!」
サング曹長の一喝に、全員思わす起立敬礼する。
「イエス、マム」
・・・・・・・・・・
食後の片付けも終わり、それぞれに名残りの挨拶をおえる。
「さあ、全員寮に戻ろう。」
ルイの声掛けに全員が出口に向かって歩きだすと、その後ろ姿に声が掛かる。
「暫し待たれよ。」
振り向けば、イーファン家宰と見覚えのある壮年の姿があった。オルレアが、
「これは陛下。ご機嫌麗しゅうございます。」
と、一礼する。
「これは、姫殿。ご機嫌よう。」
「して、陛下は何か御用でございますか。」
「そうじゃ。渡す機会を逸して、今になったが暫し留まれ。」
「畏まりました。」
「用という程ではないが、他でもない。貴殿らに渡そうと思ってこんなものを作らせた。イーファン。」
「では。陛下はオディ川氾濫事件の76帝国学院第三中隊の活躍を賞して、第三中隊に831部隊の部隊名と徽章を下賜される。特別恩賜の831部隊、特賜831と名乗るのを許す。心して受け取れ。」
「イーファンそれでは偉そうではないか。隊長は前にでよ。」
ルイが押されて陛下の前に出てくる。
「其方か。先ほどの太刀使い見事であった。名は何と申す。」
「ルイ=シモンでございます。」
「ルイか、先ずはこれを皆に与えよう。」
「はい。」
「今日のことについては後日じゃ。何か希望があれば申してみよ。」
「いえ、報酬は十分に頂いております。お言葉をおかけ頂いただけで幸せに存じます。」
「そうか、まあ良い。ところで其方の使った棒を見せてくれぬか。」
後ろ腰に差し込んでいた蟇肌撓いを抜きだすと片膝付いて捧げ持った。
「暫し借りるぞ。」
陛下はそう言うと片手で掴み、ニ三度振り抜いてい見たり、撓めてみたりする。ルイに差し戻し、
「存外に撓る。中に何が詰まっている。」
「はい。柳の枝葉を細かくしたものが詰めてあります。」
「名はあるか。」
「ただ、シナイとだけ呼んでおります。」
「そうか。シナイか面白い。では、ルイ=シモン。其方にこのシナイの常時帯刀を許す。」
「はっ。」
「王宮であろうとどこであろうと、帯刀して皆を守れ。では、サラバじゃ。皆、壮健にな。」
そう言うと、踵を返し幕の後ろの隠し扉に消える。
「天下御免のシナイなのじゃ。か~かっかっかっか。」
舞踏会場いっぱいにオルレアの高笑いが響いた。