4 帝都で女子会 (9月24日)
9月24日の聖曜日の正午、クレマスタッフとルイの姿が馬車道を望む飲み屋の中にあった。
「みんなが、それとなく集めてくれた満員御礼券を使わせてもらってちょっと悪いわね。」
と、ノートを片付けながら2-07グレースが呟く。
「満員御礼券?あー、自習室満員証明証の事ですね。」
と5-03イシュクが応ずる。
「これのお陰で学生だけど堂々とお店に入れる。しかも、学割が効く。」
と、4-18ユニが、やっと運ばれてきた料理に手を伸ばす。
「さて、みんなは食事を楽しんで、学生だからお酒は自粛。ルイとルネは未成年だからそもそもだけど、これから私は帝都で女子会。軍務だけど。」
クレマがそう言うと、3-13アダンが
「その分、俺たちが食べておくよ。サング曹長によろしく。」
「了解。晦日行明けだから程々にね。あとは打ち合わせ通り宜しく。」
そう言うと全員が立ち上がり挙手の敬礼をする。
「「「「「イエス、マム。」」」」」
「やめてよ~」
・・・・・・・・
帝都の大通りの高級店が立ち並ぶその一角にその店はあった。
「ティファ貴金属店。ここね、」
と、呟いて詰襟の略礼装軍服に身を包んだ女性士官が大柄な赤毛の下士官服を着た女性兵を従えて、ドアベルを控えめに鳴らしながら入って来た。
店員は会釈をすると直ぐに目線を落とし、自分の仕事に戻った。ホッとしながら女性士官はしゃくるような会釈を返しながら歩き始める。如何にも地方から帝都の軍務省あたりに、出張した帰りにアクセサリーを見に来た、という態になれているのか、声を掛ければ飛び上がらんばかりの緊張を見て見ぬふりをしている 。
店の空気に慣れた頃、開襟の上着の襟裏をそっと指でなぞると、責任者らしい男が上品に声を掛ける。
「何かお気に入りのものがございますか。」
「い、いえ。どれも素敵なものばかりで・・・、見ているだけです・・・」
「左様ですか。少尉さんの白い肌にはこのピアスなどがお似合いと思いますが。」
と、襟元を素早く確認して、その店員は少尉の安月給でも手の届きそうな幾つかをショーケース用のガラスの天板の上から指し示す。
「は~」
「これなどいかがでしょうか。」
これも商売、将来への布石と1ランク上の石を使ったピアス達をケースごと取り出す。ポッと上気した頬をいかにも優し気に見つめるのは長年のキャリアのなせる業か。
「とても素敵ですね。」
やっと囁き出した声に下士官がそっと少尉の裾を引っ張る。その動きを瞳を動かさずに目に留めると何か違和感の様なものを感じる。顔は澄ましているともとれるが賺しているともとれる高級ブティック店員の鏡の様な対応をしながら、彼の頭の中は高速で回転し始めた。
・・・バックだ。肩から下げているエンペロープバックは控えめなオフホワイト。輝くようなかんばせに気を取られていたが、なかなか好いものだ。・・お付きの下士官も派手さを抑えた深紅のバック、同じものだ。お付きに自分と同じものを持たせる貴族趣味があるのか。どこぞの令嬢か。・・・いや、俺の本能がそれを否定する。この娘は紛れも無く田舎娘だ。おっ、また一人軍人が入って来た・・・。
「少尉、何かお求めですか?お気に入りのものがございますか?」
「曹長、調度よかったです。どれも素敵でどれがいいでしょうか?」
「どれでも大丈夫です。」
「でも、お値段がかいてありません・・」
「だからです。どれを選んでも少尉の給料では買えませんから。」
何だこの曹長という年増女は。いくら年功があるといっても・・!准尉徽章持ちか。百戦錬磨という手合いか。それにそのお揃いのバック。金緑で渋く仕上げてあるが、‥だ、ッ駄目だ。抑えきれん。
「失礼と存じますが、少尉殿。」
「はい。」
「とても失礼を承知の上で、お手持ちのバックを拝見させて頂けないでしょうか。」
「あっ、これですか。どうぞ。」
「ありがとうございます。とても素晴らしいものですね。」
「ありがとう。何だったら他のも拝見なさいますか。三つお揃いなので。」
「是、是非‥お願い致します。。。」
「重要書類は入っていないから蓋を開けて見てもかまいませんよ。」
「か、感謝・・いた・・します。っだ誰か支配人を呼べ。」
若い店員が一瞬きょとんとしたが、脱兎のごとく駆けだしていった。
・・・・・・
約束の15時前、ティファ貴金属店の前に一台の無紋の馬車が止まった。
「ライド、ここで待ち合わせと商談があるの。どこかで1時間ほど時間を潰してきて、」
「では、お嬢様この街区の馬車だまりに居ります。」
「それなら、終わったら誰か人を呼びにやります。これで、御者仲間に挨拶を。」
そう言い残すと、学院からそのまま駆け付けたクレマは学院の制服のままトランクを一つ持って店の中へと入っていった。
「こんにちは。」
と、中を覗き込むも他のお客は見当たらない。街の人間が冷やかしに入るには少々敷居が高い。主だった客はそもそも店には来ない。呼びつけるだけだ。そう、思いながら自分が早く着きすぎたかと暫く待ったが意を決して店員に聞いてみた。
「あの、女性士官とお付きの下士官が2名ここに来る予定なんですがまだ見えていませんか?」
学生が学生服でのこのこと一人で来るような店ではないと内心思っていたが、流石に顔には出さず若い店員が、
「先ほど見えられました。」
「そう、帰っちゃいました?」
「いえ、今は支配人室にいらっしゃいます。」
「何故に?支配人室に用があるのかしら?いいわ、案内してくださる。」
「どういったご用件でしょうか?」
「その3人と待ち合わせしていた者です。」
「そういう事なら今、確認してきます。」
という若い店員の返事を待たず、クレマは後を付けていった。
・・・・・・
「お客様困ります。」
と言いう制止の声を振り切って支配人室に入り込んだ。何事かと全員がクレマを注視する。マリー少尉とローズマリー軍曹が慌てて立ち上がり敬礼しようとするその手をそっと抑えるようにサング曹長がゆっくり立ち上がり、
「これは、お嬢様。お久しぶりでございます。」
と一礼する。つられて二人も礼をする。クレマは片手をあげ、
「マリー少尉、お久しぶり、一別以来ですね。曹長さんもお元気そうで何よりです。」
と、気さくに声を掛ける。
何だこいつはという顔をしていた支配人は、
「皆さんのお知り合いのお嬢様ですか?」
と。立ち直りが早いなとそう、思いながらクレマが
「ここを待ち合わせ場所にしたのはまずかったかしら~」
と、とぼけて見せる。
「トクに無理なお願いでもなかった思うけど。」
と、畳み掛ける。少尉と軍曹は頭の中でトクム、トクムと呟きながら直立不動であった。
「支配人さん、何か珍しいものでも見つけました。」
と、探りを入れる。
「はい。お嬢さま。少尉さん達がとても素晴らしいバックをお持ちでお話を伺おうかと思っていたところです。」
「素敵なバックでしょう。支配人もお目が高いですね。では、もっといいものをお見せしましょう」
と、少尉の白いバックの蓋を開いて見せる。
「ほら、この文字は読めますか?読めなくてもこの紋章は分かりますよね?」
「はい。ガ、ガ、ガッパーナ家の紋章です。」
「この文字を読むともっとびっくりしますよ。誰か読める人を呼んできた方がよろしくてよ。」
「当店には生憎そのようなものがおりませんで・・・。」
「あら、お隣の支配人を呼んでくればいいのよ。」
「お隣のカバン店の支配人を呼んで来い。」
「あ~、古代リシャ語が読める人って伝えてね~。」
走り去ろうとする中年の店員の背中に向けてクレマが叫んだ。
・・・・・・
「さて、お隣さんが来るまで、商談と往きましょうか。ティファ支配人。あと、私にもお茶をください・・・ありがとう。では、支配人お人払いを」
そう言うと、クレマは、トランクの中から書類入れを取り出し中の書類を支配人に手渡す。デザイン画などを曹長に見せながら、
「サングさん。中佐ならどれを許可するでしょうか。」
「この辺りかと、」
「成る程ね。でも現実的はここらあたりかしら、支配人はどう思います。」
「中佐と言われましても、たくさんいらっしゃいますし・・・」
「あら、女の中佐はそれ程たくさんはいないはずヨ。」
「・・・・もしや、中佐というのは・・」
「そこから先言わない方がいいわね。」
「ピンタイプの徽章。100本。期日は一週間後。一番単純な木の葉型なら鋳型に流し込んではつって、磨いて、ピンに溶接ならお安くできますが。一週間はちょっと。」
「ガッパーナが、息子の方のガッパーナが、ここならいい仕事をすると教えてくれたんだけど。」
「そうおっしゃいましても、この立樹のデザインは細かすぎます。鋳型では細部が潰れて仕舞います。一本一本手彫りでは一週間ではとても、とても無理です。」
「やっぱり~、そう思ったんだけど。無理だったか。」
「ピンも上物、材質ももちろん吟味いたします。しかし、一週間ではとても・・・」
「イーファンさんがここは思い出の店だと言っていたんだけど・・・」
「イーファン・・・もしかして・・」
「もしかしての後を言わない方がいいわ。もしかしてもしかしたら大変だもの。」
「そういう事でしたら、他の仕事を差し止めても最上のものをご用意いたします。」
「流石に皆さんがお勧めするお店ですね。いいお茶っ葉を使っていらっしゃる。」
「・・・恐れ入ります。」
「これ、南国からの輸入品でしょ、なんっていったかなオレンジ何とかでしたっけ、」
「流石、お嬢様は舌が奢っていいらっしゃる。」
「その日は午後に要り用だからそれまでに届けてもらえばいいわ。」
「どなたにでしょうか。」
「それはやっぱり、イーファンのおじい様よ。」
「畏まりました。」
「あと、イーファンさんの大切なお坊ちゃまに見せたいものがあるなら私が預かっていってもよろしくってよ。」
「恐れ入ります。」
「木の葉の裏に831の刻印は忘れないでね。」
「831ですって!」
マリー少尉が飛び上がる。
「少尉忘れて。」
「でも・・・」
「この話が漏れたら、首が二つは飛ぶわよ。」
「え~、誰の首が飛ぶんですか~。」
「それは、支配人と少尉の首に決まっているじゃない、」
「な、な、なんでですか、」
「ここで高位の責任者は、軍の発注担当の少尉と受注者の支配人だからですよ~。」
「たたたたたた~」(大尉は~)
必死に言葉を飲み込むマリー少尉にさらに追い打ちを掛ける。
「私は唯の使い走りのお嬢さんです~」
「うーー、ずるい。」
・・・・・・・・・
クレマは馬車の中で器用に着替えながら三人に話しかける。
「あ~可笑しかった。ドルチェ鞄店の職人頭のおじいさんたら、若が若がこれほどの物をお造りになったのか~、って涙を流して喜んでいたのに、中の詞書を読んだ途端、青くなったり、赤くなったり終いには肩を落として泣いているのよ。」
「つまりは泣き通しであったという事ですか、大尉殿。」
「それはちょっと違うはローズマリー姉さん」
「姉さんはおやめ下さい、大尉殿。」
「どうして?今は勤務時間じゃないからいいでしょ。姉さんも大尉殿って呼んでいるわ。私は原隊に戻ってただの女学生に戻ったというのに。」
「それは無理です。現に今は大尉の士官服にお着換えになりましたし、」
「ショウガナイじゃない。士官服は自前だし、これしかないし、ソシ中佐に軍の施設で会うんだから学生服って訳にもいかないでしょ。」
「だったら最初から士官服で登場されれば良かったのでは、」
「そうすると、軍のゴリ押しという印象が強くなるでしょ。それはちょっとね~。」
「そうすると相手に不満しか残らないでしょ。美味しエサを巻きながら譲歩を引き出しましょうよ。」
「エサとは何でしょうか?」
「先ずはお金の出どころは軍なので利益は少ないが確実。ひとつはガッパーナの思い人に良くすることで間接的にガッパーナ家との関係が深まる。ひとつは王室との商機が生まれる。こんな所ね。」
「軍の事は理解できますが、ガッパーナ家のという下りが些か分からないですが。」
「ガッパーナ家は帝都では指折りの商会よ。その次期頭首が愛の言葉を送った女性の名前と顔を掴んだのよ、いろいろ使い道はあるわ。」
「王室との商機というのは?」
「王室、王城相手の商人は限られているわ。そこに喰い刻こむパイプが出来るという事は千載一遇のチャンスを得たのよ。」
「誰がパイプですか?」
「もちろん私ヨ。」
「大尉は実は近衛軍の方ですか。」
「わたしは学生。可愛い女学生です。」
「それが何故王室とのパイプに、」
「もうめんどくさいわね。特務よ、トクム。」
「また、特務ですか~。」
「うーー、ずるいです。」