3 王宮からの呼び出し(9月17日)
週末、水の曜日の1時限の歴史学が終わったところで、担任のブラックボード先生がクレマを呼んだ。
「ちょっと、職員室迄来てくれ。」
・・・・・・・
「まあ、そこに座ってくれ。」
そうブラックボード先生が職員室の小さな応接セットの椅子をクレマに勧めると、自分の仕事机の引き出しから封筒を持ってきて、クレマの前に座る。
「こんな物を今朝、学院長から預かった。」
そう言うと、応接セットの小さなテーブルに封書を一つ置いた。それをクレマは手に取り眺める。
「宛名がクレマ・エンスポール準子爵。差出人は王室家宰とだけ。封印は王家の略式紋章が押されている。」
「はあ~、そうですね。」
「そうですねとは、随分お気軽だな。」
「そう言われましても、」
「入学時の身上書には貴族だという記載はなかったが、」
「は~、」
「普通、爵位が有るものしか王城に呼び出されることはないと思うが、何か王室と関係があるのか?」
「いえ、これといって、」
「では、これはどういう事なのかな。」
「それは封書を読んでみてからでいいでしょうか、」
「おっ、それはそうだ。」
クレマはナイフを借りると丁寧に封蝋印を避けて開封し一読する。
「単なる呼び出し状ですね。」
「誰から?」
「本日9月17日午後に王城イヌイ門に出頭とだけ。他には特に、これの書状を持ってイーファン家宰を尋ねればいいみたいです。」
「見てもイイか?」
「どうぞ。」
「素っ気ない文面だな」
「ここからイヌイ門迄、どれくらいですか。」
「学院に一番近い門だな。30分もあれば大丈夫だ。」
「そうですか、それじゃ今日の午後はそれで潰れちゃいますね。そうだ、ブラックボード先生、」
「なんだ。」
「男子3組の5-13ウリ兵長じゃなかったウリ君を呼び出してもらえませんか。」
「何処に何故にだ。」
「お貴族様が一人で、とことこと出かける訳にもいかないでしょう。イヌイ門に近い気の利いた待ち合わせ場所に呼び出して下さい。」
「そうか。だったら取って置きの喫茶店があるが、こいつも合わせて納得のいく説明が出来たらだな。」
「それは何ですか?あ~、ソシ中佐からの封書ですか。」
「宛名がクレマ・エンスポール大尉だ。さっきのは、準子爵宛てだったがこれは大尉だぞ。大尉と言えば子爵格だ。些か間尺に合わんが、どういう事か。」
「ちょっと読ませてください。・・・え~とそれはですね。新兵教育で教育第3中隊にいた時、5月に中隊の教育に関わる仕事を請け負ったので報酬と言うか箔付けに準子爵を頂いて、いろいろ仕事をやりやすくしていたら、6月に教育大隊長のソシ中佐の副官を無理やらさせられまして、その時中佐の副官だから大尉の方がいろいろ都合が良かろうと、戦時臨時規定を悪用してではなく法に則り大尉を拝命し帝国の為に粉骨努力いたしました。状況が終了したので原隊に復帰して学生に戻ったはずですが、ああ、後始末がまだ済んでいないというか、その時の口裏合わせではなく辻褄合わせでもなく報告書の不備遺漏の確認の為という大義名分で、来る9月25日木の曜日は学院は臨時休校だからマリー少尉以下3名を向かわせるので、あれを何してなんとやらという事です。読みます?」
「クレマ君。君は新兵教育で何をやっていたんだね。それに25日が臨時休校とは聞いていないぞ。」
「あまりその辺の事は首を突っ込まない方が?。些か王室絡みらしいので、私も巻き込まれただけで詳しい事は知らないんです。だから、ここに居れるんですけど。あっ!もしかしたら王室からの呼び出しはこれ絡みかもしれません。う~ん、どこか密談できるいい喫茶店とかありませんか?学院の中は男女別学なので、できれば男子学生と一緒にいても不自然でない所がいいです。」
「君は不純異性交遊を目論んでいるのか?」
「まさか!、私はいつも清純異性交遊です。」
「なんだそれは、」
「ウリ君を始め男子の協力がいるんです。大食堂じゃ目立つし、密談が出来ません。」
「密談って、いったい何を話すんだ。」
「それが言えないから密談じゃないですか。特に王室が絡むと命がいくつあっても足りません。ブラックボード先生も1枚かみますか?」
「俺を巻き込む気か。」
「これも何かの縁。一蓮托生というのも一興かと。」
「おいおい、俺を脅すな。まあ~、何も見なかったこと聞かなかったことにしてやるから」
「じゃ相談に乗ってください。」
「だから今、何も聞かないと言ったろ」
「いえ、王宮に行くのに学院の制服で宜しいでしょうか?」
「それは当然だ。制服は正装でもある。」
「それから、気の利いた隠れ家みたいなお店を」
「う~ん判った。」
「でも、不思議ですね。ここはお城なのに、飲食が充実してますよね。」
「サロン談風は学問の発達に欠かせないからな」
「それにしても兵隊さんも業者さんもよく利用しているみたいですね。」
「本来ここが王都だったからな。」
「そうですか、」
「帝国の特異な発展を学べば、いずれ理解できるはずだ。」
・・・・・・・・・
学院の敷地を出て、道路からはずれた木立ちの中の小径が、人目を避けて折れ曲がり、森に紛れ込むと、大木の梢を陰にしてその建物はあった。
クレマは紅茶と軽食に手を付けづに、もの憂げに窓の外を見やっていた。気が付くとウリが前に座っている。
「緑蔭茶店って、クレマはよくこのお店を知ってたね。」
「来たのは初めてよ。他にこんなお店もお勧めみたいよ。」
と、二つ折りにしたメモ紙を制服の隠しから取り出すと、テーブルの上にそっと滑らす。
「それで、何で呼び出されたのかな?」
「今日、突然王室から呼び出されて。折角だからウリも王城を見せてあげようかと思って」
「つまり、荷物持ちということかな。」
「そう、準子爵で呼び出されたから、従者の一人もいないとネ。」
「荷物は何?」
「押し売りの定番品よ。話が長くなりそうなら適当に帰っていいわ。」
「従者じゃそういう訳にもいかないでしょ。適当に見学させてもらっているから」
「それじゃそういう事で、ちゃんと制服着てきたわよね。武器の類はここに預けていってね。」
・・・・・・・・
イヌイ門の番兵に身分、姓名を名乗り、来意を告げながら招待状を渡す。当番兵は直ぐに城の中に消えたが、ほどなくして脇門が開けられそこから招き入れられた。クレマとウリは従者に案内されながら長い廊下を何度も曲がると一つの部屋に通され、そこで待つように言われる。小一時間ほどすると別の従者が現れ別室へと案内された。
そこには白髪に白い口髭を蓄えた、かなり高齢の老人が椅子に座って二人を待っていた。
「クレマ準子爵、呼び立てて申し訳ない。私はイーファン侯爵、王室の家宰をしておる。」
と、立ち上がりながらゆっくりと礼をした。クレマも慌てて礼を返す。
「失礼して座らせてもらいますよ。」
そう言うと、クレマにも椅子を勧め、ゆっくりと椅子に座る。
「実は陛下がソシ中佐からのオディ川洪水報告を読まれ、貴殿たちに大変興味を持たれた。」
「・・・」
「しかし、陛下がある事に困惑と言うか気に係る事があるとおもらしになった。」
「・・・・・」
「つまり、第三中隊の愛称の《特別暗号831部隊》が気に係ると言われる。」
「・・・・・・・・」
「略して特暗831では暗部を連想する者もいるのではと。」
「・・・?」
「それで、陛下自ら特別恩賜の《特賜831部隊》ではどうかとご下問されてな。」
「!」
「各方面に異論がないので本人達が良ければそれでという事になったが、どうであろう。」
「恐れ多くも、私共に異論などあろうはずもありません。閣下」
「陛下は更に、12年に一度の閏日を8月に移して、8月31日を設けてはどうかと言われたのだが、流石にそれはと戸惑う声もあり、今は保留という事になっている。悪く思うな。」
「滅相もございません。閣下」
「それでは正史には《特賜831部隊》で記載される事になるであろう。」
「有難き幸せにございます。」
「何か記念の品でもと思うが、何か希望はあるか。」
「有難きご配慮、痛み入ります。2つばかりお願いがございます。」
「申されよ。」
「一つは、831部隊の徽章を自分たちで作るお許しを頂きたいと思います。」
「まあ~、問題はないであろう。デザインなどは軍部やソシ中佐と相談が必要だろうが。」
「もちろんです」
「で、もう一つは」
「実は、帝王陛下にご覧になって頂きたいものがあるのです。」
「献上品か。」
「手続きとしてはそうなりますが、出来るだけ早く手に取って頂きたいのです。」
「準子爵殿の従者が持っているものか?」
「はい。」
「・・・、取り敢えず、私が見ても良いか。」
「無論。」
「では、」
王室の従者がウリが捧げ持つ鞄を受け取り、中から包みを2つ取り出し、品を改めイーファン家宰の処に持ち寄る。中身をみて、少し触る。
「反物、絹織物のように見えるが、些か薄緑がかっているのが特長のようだが」
「はい」
「これを陛下にお見せしろというのか。」
「出来るだけ早く。」
「・・・・・・・。これ。」
従者を呼び耳打ちする。従者は荷を包み直し捧げ持ちながら退出していった。
・・・・・・・・
ほどなくして部屋の外が騒がしくなり、一人の男が勢いよく入ってくる年の頃なら40前の男盛りといった勢いで。
「そなたが、黎明が女神の一人、雌黄のクレマか。一目でわかったぞ」
「陛下。お呼び頂ければよいものを、何もこのような所にお出ましにならなくても」
「爺。固い事を言うな。クレマとやら、これをどこで手に入れた」
「はい。」
「どうした。早く申せ。」
「些か・・・」
「・・成る程。これは朕が軽慮であった。皆のものこの部屋からさがれ。爺もじゃ。何も名花を手折ろうというのではない。帝王の義務で見るべきものを見るだけじゃ。待て、そのものはクレマの従者か。」
「そうです。」
「・・・・・。成る程。爺、アルジュを呼んで城内を案内させよ。夕食になったら呼ぶ。」
・・・・・・・
「さて、クレマよ。何処から話してくれる。」
「では、陛下。今日の夕食をお断りする所からです。」
「どうしてだ。明日は聖曜日。学院も休日のはず。多少、遅くなっても構わんではないか。」
「いえ、陛下。わたくども831部隊は水曜の入り日から聖曜日の日の出まで勤行に入ります。」
「勤行とは何をする。」
「座して瞑想を致します。」
「一晩中か。」
「各自の体力に応じて、適宜休憩を入れますが、座り通すことを目標にしております。」
「では、三時のお茶を持ってこさせよう。」
「陛下。本日正午から翌正午までは斎戒のため口にできるのは水のみです。」
「なかなかの荒行よの~。師は誰だ。」
「アンシュアーサ老師です。」
「アンシュアーサ師…か。成る程。」
「アンシュアーサ老師をご存じですか。」
「まあ、今年の宗教会議でも少し話をした。そこで黎明の女神の話を聞いたのだ。」
「では、老師とお別れしたところからお話しましょう。」
・・・・・・・・
16時(申の刻)を過ぎた頃、
「と、いう訳でクリスはイミンギ老師の下で古い機織りの技法でこの紬織を織りあげました。そして同じ頃、オルレアが新しい機織機で天繭の生糸からこの布を織りました。些か拙うございますがそこは始めたばかりという事でご容赦を。」
「いや、よい。クリスの方は誠に見事だ。オルレアの物も十分に感じられるぞ。」
「ありがとうございます。」
「ルイ騎士爵を中心にして行くというそなたの考えも分かった。こちらの方でも考えて於く。そうは言っても遠大な計画だ。慎重に運ばんとな。先ずは10月1日の秋分祭だ。あ~もう夕方だな。いつかゆっくり食事でもしたいものだ。」
「いずれ、機会があろうかと存じます。」
「そうだな。今はその方達が早く学院を卒業するのが先決だ。その後おおいに帝国の、いやこの世界の為に働いてもらうぞ。」
「勿体無きお言葉。望外の喜びです。」
「では、今日の処はサラバじゃ。王女オルレアによろしくお伝えくだされ、公女クレマよ。」