2 学院生活 9月6日 聖曜日
9月6日の聖曜日の朝、日の出の行を終えた男子3組と女子3組の100人は古い集会場からぞろぞろと出てきた。
「みんな夏休みの間、精進したのね。」
「子の刻詣りに全員入ったわ。」
「でも一番深い丑の刻詣りは、まだまだって感じね。」
「今は途中で経行が入るから何とかなっているけど、」
「ルイが鐘を叩いて知らせてくれるから助かるわ。」
「それでもジェジェジェ組は曲がりなりにも寅の刻に突入できたじゃない。」
「それもこれも、オルレア達が引っ張てくれたから」
「でもこの集会場、元は礼拝堂らしいけど、ここを借りられたことが一番ね、ユニに感謝。」
「後はJ*J*Jの練習場所の確保ね。」
「それがなかなか難しくて、ウリに探してもらっているんだけど」
そんな会話をしながらクレマ達は自分たちの宿舎に向かって歩いていた。
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3組の女子寮の談話室と呼ばれる小部屋に部屋長(班長)達たちが気だるい雰囲気を漂わせて集まって来る。晦行練習明けのひと眠りを終えて手には白湯を入れたカップを持ちながら、座長のアマンダが口火をきる。
「ブレイクファーストに行く前に、今週の授業を受けて皆の感想だけでもまとめましょう。」
「そうね。概論ばかりで内容的には左程、深くも難しくないみたいだけど。」
「この2か月で各概論が終わったら、授業科目がいくつか入れ替わるのよね。」
「科学概論は、投げるな危険と混ぜるな危険と食べるな危険に分かれるのよね。」
「そう、数学概論と産業概論が消えて物理と化学と生物学になるのよ。」
「歴史学は帝国史から近代・古代史に移るという事でいいわね?」
「部活見学で聞いたけど、週の初めの木の曜日の帝国理解と芸術論はそのままだって。」
「なんで?」
「どうも、授業が相当潰れるみたい。」
「まあ、9月1日は開講式だし、10月1日は秋分祭、11月は文化祭、12月は対抗戦に絡むらしいわよ。」
「1月の正月休みは別にしてもなんやかんやで休講が多いみたい。」
「そっか~。でも、突然休校にされてもな~」
「そこは事前に通達があるみたいだから、外泊許可も取りやすいとか、」
「みんな、部活見学は行ってるわよね。」
「もちろん。生徒会から体育系、文化系、研究系のそれぞれ一つ以上に入るように推奨されているのよ。」
「つまり、最低3つ。結構忙しそうね。」
「ま~、学生の自主的活動が基本みたいだから」
「じゃ、その辺が部屋長会議の議題ね。」
「さあ~、正午の鐘が鳴ったわ。食事に行きましょ。」
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女子3組がぞろぞろと女子寮に一番近い大食堂に集まってくる。この1週間で部屋長達が同じテーブルを囲みパワーランチで昼食を取り、その周りを囲むように他の部屋子たちが気の合う者同士で座って昼食を摂るというスタイルが定着した。しかし、後にアダンに1、2、1、2ひよこの行進と揶揄される一団があった。
3-20オルレアおじゃ姫の声が聞こえる。
「耳の形で人間を分類するとは、人間学とは不遜な学問じゃ。」
「そういうオルレアは勾玉耳よね。」
と、3-10ジョニスが聞く。
「ジョニスはJ*J*Jなのに勾玉耳なのか」
「そうよ、おあいにく様。」
「ベスはどうなのじゃ。わらわと同じ超ロングヘアにかくれてよく見えぬが。」
「私は立ち耳タイプ、猫耳のベスよ。」
「それは羨ましいのじゃ。わらわもモフモフがいいのじゃ。」
「モフモフはクロエね。垂れ耳タイプよ。」
と、2-10モニカが4-20クロエの耳を持ち上げる。
「うらやましいのじゃ、わらわも触りたいのじゃ。よかろう、な、なな、よかろう・・」
と、クロエの横にきてクロエの垂れ耳をパタパタする。
「ちょっとあんまり触らないで、くすぐったいんだから・・」
「クロエはいい匂いもするのじゃ」
「耳が弱点と言えばエミールもよね。」
「絶対触らないで!」と5-20エミールが両耳を抑える。
「よきかな佳きかな」
とオルレアがニタニタ笑うのを見て
「エミールは笹型でも長笹タイプだけど、短笹タイプの耳は絶対触っちゃだめよ。」
と、3-10ディーナが注意を与える。
「どうしてじゃ。弱点じゃないのか?」
「反射的に殴り殺されるわよ。」
「そうなのか。ディーナは短笹アイプの様じゃな。」
「私のは違うわ干戈タイプというのよ。」
「どう~れ、確かに横に短くというよりは斜め後ろに曲線的に尖っとるな。」
「兎に角オルレア。他人の耳には触らない事。丸耳やうさ耳とか他にもいるけど珍しいからと言って齧りつかないでね。」
「馬の耳に念仏なのじゃ~」
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部屋長達から少し離れて2-07グレースと4-18ユニは1-06クリスと5-16クレマの相談に聞き耳を立てていた。
「それじゃクリスは生徒会のどこの武術系剣術系にも入らないのね。」
「はい。クレマ。」
「それで研究会は機織り研究会。無ければ作るのね。」
「はい、そうします。」
「文化部は?」
「オルレア様と織り姫同好会を立ち上げます。」
「そうね。あなたにはオルレアのエスコートとという陰仕事があるものね。でも体育会はそういう訳にはいかないでしょ。社交ダンス部を作ったらウチ来にる?」
「社研は文化部では?」
「体育会ダンス部ってのもありよ。」
「オルレア様が水泳部が良いと、私も少し泳法の研究をしたいと思います。」
「う~ん、オルレアは取り敢えずサボりたいだけよ。冬の水練場は武術系以外は使用禁止だから。」
「そこなんですよね。同好会レベルでは寒中水錬は禁止です。」
「そう言えば、王宮の中に室内温水プールがあったはず、」
「クレマさま、それは些か王室批判につながるのでは」
「そうでもないわ。わざわざ薪炭を使って王家の為だけにプールを作ったのなら批判材料に利用されるけれど、此の帝丘と王城の特異性から、排熱を利用して王宮職員の為にプールがあるらしいのよ。」
「何処からそのような情報を」
「特務よ。聞かない方が身の為よ。」
「クレマ様がそのような危険なお仕事を・・」
「なんちゃってね。特務権限で閲覧規制の掛かった資料を見ていたら、経理の流れにちょっと引っかかるとこがあって・・・まだ推測の域を出ないけどね。ほぼ確実よ。」
「とすると、冬はそこで水泳練習が出来るのですか。」
「ちょっと気が早いわね。実績とか権限とかいろいろ準備するものがあるわ」
「クレマさま、何か良からぬことをお考えで、」
「オヌシも悪よの~って、オルレアじゃないんだから。クリス、正気にもどって。」
「クレマ。勿論ヨ。」
「取り敢えず、何か実績が欲しいわ。武研か織研で何かない?」
「細い金属の糸を織り込んで刃物を通さない防刃布とかは期待出来そうですが。」
「ワイヤーで編んで動けるの?鎖帷子みたいなもの?」
「魔術でしなやかで折れない細い金属の糸は可能性がありますが。」
「魔術研究はまだ大ぴらには出来ないのよ。学院の上の学園上層部案件だから。いっそ魔法ならねえ、誰も研究していないから、学生が知りませんでした~、ごめんなさいで勝手に研究してもよさそうな余地はあるけど。」
「魔術研究会ならぬ魔法研究会ですか。…成る程、実体のない魔法を研究対象にするのはよくても、それの応用研究や試行する文化部同好会も体育会同好会もないですし無理ですから、秘匿しやすいですね。」
「秘匿しやすいって、何かあるの」
「些か。」
「分かったわ。でもそれはここではできない相談ね。」
「そうですか。壁に耳ありですね。」
「あ~っ、うらやまし~。オルレアったら、ベスの猫耳であそんでる~!」
・・・・・・・
ブレイクファーストの昼食のパンをスープで流し込んでアマンダがテヒに聞く。
「とに角、黎明の女神の動向が問題になるのよ。」
「どういう事?」
「だって、どう見たって第3中隊は女神達が中心だったわ。」
「そんなこと言ったら、クレマに睨まれるわヨ。それにアダンは男よ。」
「ルイを矢面に裏でいろいろしてたのは、クレマでしょ。」
「ま~当たらずともネ。」
「それにルイはクリスの公認の弟子だし、そのクリスはオルレアの家来みたいだし、なんだかんだでクレマはオルレアのご機嫌取り出し、アダンはクレマの部下でという事はオルレアが一番偉いの?」
「どうかしら。それで私は?」
「テヒは食研の中心でみんなの憧れだからそれにアダンともクレマとも対等に見える。」
「みんな対等よ。」
「それは分かっているけど、オルレアは男子にクリスは女子に熱烈なファンがいるし、テヒには意外と隠れファンがいて、アダンは女誑しと言われる割には誰も泣かせてないのが好評だけど」
「今のところはね。で、クレマは?」
「う~ん微妙ね。」
「それじゃ、クレマがかわいそうみたいじゃない。そうじゃないわ、見方によってはクレマが一番リア充よ。」
「りあじゅう?」
「ん!。それはさて置き、私達の動向は気にせず、自分の思いを優先して。」
「分かってるけど・・・。授業の方は目処が付いたわ。苦手な所や分からい事は談話室に教えてカードを貼りましょ。」
「クレマ方式ね。」
「問題は生徒会の研究会や文化部や体育会のどこに入るかよ。」
「それは自分で決めるしかないでしょ。」
「研究はね。でも、文化部も体育会も同好会レベルで気楽にやるか、部会レベルで真剣にやるかは重要な問題よ。」
「そこに、黎明の女神が係わる訳ね。」
「そういう事。」
「まあ、アダンとは話していないので分からないけど。クリスは武術系の処には入らないと言ってわ。」
「どうして?」
「考えていることがあるそうよ。それに何処もクリスの為の練習にはならないし、」
「そうね。それは理解するけど、」
「クレマも何かプランがあるみたいだし、オルレアは・・・何も考えていないわね。」
「それでテヒは?」
「古代食をテーマにしようと思うの。」
「古代食?例えば?」
「そうね。今はお茶かな。ほら、現代はお茶ッ葉を急須かポットに入れてお湯か水に浸たしてお茶にするじゃない。」
「当然と言えば当然だけど、他にあるの?」
「そうよ。近代は粉々に粉砕した茶葉をお湯で溶いて飲んでいたのよ。」
「時々、テヒが飲ませてくれるあの緑の液体みたいに?」
「そうよ、あれは抹茶という飲み物よ。」
「テヒが淹れるとほのかに甘味があって美味しと思うけど、他の人のは苦いだけだったりする、」
「抹茶は点てるというのよ」
「竹ぼうきみたいのでクルクルするのよね。」
「茶筅よ。」
「それで?」
「それで古代はレンガみたいな固いお茶の葉の塊を削ったり砕いたりして茶釜に投入して煮たてるの。」
「美味しいの?」
「う~ん、そこを研究するの。塩とか他のハーブを入れたりしてみたいだけど。どんなものを呑んでいたのかは調査して再現してみないと分からないでしょ。」
「それで、古代食?古代茶?研究会?」
「そう、文化部は御茶通同好会かいっそお茶会ってことにしようかと。」
「テヒっぽくていいと思う。ケーキとかも出るの?」
「そこは要相談ね。自分たちで作るかパティシエ同好会とコラボするか。」
「ぜひ、テヒの作ったお菓子でテヒの点てたお茶を頂きたいと思います!」
「だったら、アマンダもうちにくる。」
「それはまた別の問題という事で、今は作るより頂く方が好きです。」
「正直でいいわ。」
「それで、体育会は?」
「水泳かな~。」
「水泳?」
「うん、まあ水泳というより潜水なんだけど。」
「何故ゆえに。」
「まあ~必要に迫られてと言うか、興味があって。」
「そこは深く追求しちゃいけない所かしら。」
「そうね。まあー、オルレアには負けられないというところよ。」
すると向こうの方から
「テヒよ。わらわに勝とうなど100年早いわ。か~かっかっか。」
とオルレアが呵呵大笑した。