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帝国学院編  5タップ-2  作者: パーナンダ
76年2学期
124/204

 1 学院生活 9月1日

 9月1日。朝夕は秋めいてきたとは言え、今日も残暑が厳しくなりそうな曙光であった。

 朝焼けの街道を一台の馬車が疾走していた。帝丘と言われる王城がある丘を目指して東から西へ一直線に伸びる街道を自分の影を追うようにひた走る。朝日が顔を出すのと同時に外濠(ソトボリ)に掛けられた橋を渡る。


「やっと帝都に入ったわ。街中は余り飛ばせないけど、ここまでくれば何とか間に合うわね。」


内濠(ウチボリ)の関門をすんなりと通れればですが。」


「今日は大きな行事はないはず。6時になれば一番に飛び込みましょう。こうなるんじゃないかと思って、馬車の乗り入れ許可を取っておいてよかったわ、」


「ありがとう、クレマ。流石、用意周到ですね。」


「クリスは大丈夫?もう7日も強行軍でしょ。」


「雨で、川止めを一日喰らって十分休めました。オルレア様は大丈夫でしょうか?」


「あちらは、問題なく29日にルイと一緒に入寮したわ。」


「それは良かったです。」


「私達の荷物もついでに運び込んでもらったから」


「すいません。」


「こうなるような気がしていたのよね。フローラ館のバレンティン伯が寂しがっていたわよ。」


「そうですか。私達、ほとんどお館には泊まっていませんね。」


「そうよ。クリスもおじさまに手紙を書いて、休みの日には一度ぐらいは顔を見せてあげてね。」


「そうします。」


・・・・・・


「ライド、ありがとう。何とか間に合ったわ。これで、何か食べて、気を付けて帰って、馬たちも労ってあげて、夜通し走らせてごめんね。」


 馬車から下りたクレマとクリスの横に三頭の騎馬が急停止する。逸る馬をなだめながら馬上から声を掛ける。


「クレマ、お前たちも寝坊か?」


「あぶないじゃないの。アダン!寝坊かですって、まさかあなたたち飲んだくれていたんじゃないわよね。」


「それだったらいいんだが、残念ながらニームの港から三日走りっぱなしで、尻が痛い」


「自業自得と言ったところかしら。イシュク、ウリお帰りなさい。元気そうで何よりです。」


「おいおい、俺には気づかいとか労いとかはないのか、」


「どうせ、あなたの判断ミスでこんな事になったんでしょ」


「あーそれより、この馬車は貸し馬車か?」


「館へ返すところよ。何か?」


「すまんが、この三頭の馬を6番街区のバルーム商会のヨハンという執事(バトラー)に渡してもらえないか。」


「6番街ってウチとは正反対ね~。ライドわるいけど頼まれてやって」


「今は持ち合わせがないがこれを渡せば悪いようにはしない。」


そう言いながらアダンは首に掛けていたペンダントを外し御者席のライドに手渡した。


「それから入城札三枚と、ライド君か、恩に着る。さぁ~、早くしないと頸が飛ぶぞ。」


・・・・・・・


 8時になり、大講堂の扉がゆっくりと閉まる間をすり抜けて、クレマがクリスに手を引かれて講堂に滑り込む。扉が音を立ててしまると同時に司会者が開始を宣言して秋の開講式が始まった。学長の微妙な長さの挨拶の後、教授陣の紹介があり、学生自治会の紹介の後、今日の日程と諸注意とで30分ほどで式は終わった。担任の指導のもと各組(クラス)に分かれての今後の説明会(オリエンテーション)の教室ではクレマ達の周りが姦しい。


「も~、心配したんだから、二人が30日の夜になっても入寮しないから。オルレアは大丈夫だというけど朝食の時間になっても現れないし、扉が閉まる5分前にアダン達が走り込んでもうだめかと思ったわ。」


「ごめんね。みんな心配かけて。それで誰も欠けていないわね。」


「クレマあなたがオーラスでまた、目立ってしまったわね。」


 姦しく騒ぐ教室に黒髪をザンバラ髪した中肉中背の男が入って来た。

 

「静かに!お前たちの担任のブラックボードだ。教科は古代史が専門だ。さて、そこの緑青の髪と黄色の髪の二人立って名前を教えてくれ。」


「はい。クレマ・エンスポールです」「クリス・フラクシヌスです。」


「お前らやってくれたな。毎年ギリギリに入場する奴はいるが、遅くても3分前には滑り込む。今年は3人の男子かと思ったが、扉が閉まると同時と言いうのは俺の知る限りこの10年は無かったな。伝説級の登場の仕方だ。」


「・・・・すいません。」


「夏休みに入る前にとくと言われたはずだ。開講式に1秒でも間に合わない時は即刻退校処分だとな。」


「・・・・・」


「しかも、トリ前が男子の第三でオオトリが女子の第三中隊とは・・・第三はそんなに甘い訓練をしたのか。」


「・・・・・」


「明日の朝8時までに二人は始末書を提出。事細かく10枚以上!」


「!・・・・・」


「返事は!」


「「はい。了解しました。」」


「お前らの所為で今日の教授連の夕食会は俺の奢りになってしまったんだぞ!それでは、オリエンテーションに入る」


・・・・・・・・


 昼食に女子クラスの50人が一同に座れる食堂という事で女子寮に一番近い大食堂(カフェテリア)に来ていた。他のクラスもそれぞれにまとまって座っている。


「そう言えば、全員そろって食事を摂るのは初めてじゃないかしら?」


 テヒがクレマの横に座り話しかけてくれる。


「クラス分けがどうなるか心配だったけど、中隊単位で組まれているのね。私達としてはラッキーだけど。」


「そうね、オーカー中隊の絆がそのまま生かせるという事ね。」


「それは他の中隊も同じだと思う。半年だけだけどね。」


「2年になったら大まかなコース選択と寮が新築の二人部屋になるみたいだけど。」


「それぞれの選択でそれぞれの人生が始まるという事ね。」


「先ずはこの9月と10月の二か月をみんなで乗り切ることが目標ね。」


「11月は中間試験と文化祭、12月は対抗戦、正月休みと2月は修了試験と行事が続くのね。」


「しかし、男子寮と女子寮それに授業クラスも完全に分離されたわね。」


「そうでもないわ。テヒ。一年生の寮は古い大隊宿舎をそのまま利用しているのよ。」


「そうなの?」


「分隊10名用の部屋が五つと小隊指令部を改装して共用部屋にした一棟で一クラス分。」


「それが五棟と中央にある中隊司令部棟をシャワールームと洗濯場にして女子寮としているわ。」


「同じ仕様で男子寮。」


「そうね、分隊部屋には2段ベットが10台あって一人に一台。」


「もしもの時は20人部屋になるけど、上段は物置ね。」


「そうクローゼットも無い。」


「ベットの柵にハンガーでつるすのよ。」


「そうだけど、私達学生ヨ。」


「そのつもりだけど。」


「勉強は何処でするの?」


「ベットで?」


「明かりは?」


「部屋に燭台が一つだけね。」


「つまり、分隊部屋は寝るだけ為の部屋という事よ。」


「成る程。」


「でも、学生には勉強机が必須。」


「空き教室とか?」


「それもいいけど・・・」


「何?」


「自習棟があるのよ。」


「わざわざ。」


「そう、朝五時から夜十時まで、一人一燭台の蝋燭付き。」


「火元管理が厳しいわね。」


「ただし、先着420名様かぎり」


「う~ん、微妙に不平等感が・・・」


「そこで、各カフェテリアの一画が解放される。ただし要申請。利用に際して細則有り。」


「カフェで読書が趣味です。」


「そう、ここは大食堂(カフェテリア)だけど、たまたま後ろの席に一般の利用者や男子の自習者がいても仕方がない。」


「カフェテリアだもの仕方がないわね。」


「しかもこの情報は大ぴらにされていない。」


「公にされていない?」


「ううん、大ぴらにされていない、なの。自習室が足りない問題の法的解決は建設の認可と予算法案に於いて建設費の承認待ちであるという回答。それに対しての当分の間の緊急避難的解決策は如何にといういろいろな解決案の中の附則の細則の付則にあるの。当分というのがいつまでなのか分からないのがみそかな。」」


「そんなのどこにあるの。」


「新築の寮が出来たのに伴って古い寮が解体されたことに伴う諸問題という学院運営規約の改定議事録付録のおまけみたいな冊子に載っていた。」


「見たことないわ」


「帝国議会付属図書館の奥の奥に、」


「いつの間に!」


「夏休みは帝都にいたので暇にあかせて学院の秘密に迫ってみました。」


「じゃなんで女子と男子が完全分離されたのかも知っていの?」


「まあ一応、公式見解はあるけど、」


「何故?」


「特に若い男女が一緒だといろいろゴニョゴニョあるから。」


「あんたが言うか。その口で言うか。」


「まあまあ、落ち着いて。」


「落ち着けと言われても・・・。それで当分はどうするの」


「この丘の所為かもと思っているけど、まだ手掛かりが・・」


「謎解きは追々するとして、当面三組の運営よ。」


「目的は?」


「それは当然、各自の理想的な卒業に向けての基礎作りよ。」


「当然よね。各自がどんな理想を持っているのかを調べる必要があるかしら。」


「そうね、とりあえずは二年進級時にどのコースを選択するつもりか、今の時点の心積もりを聞くのは構わないんじゃないかしら。」


「となると部屋長会議の招集ね。」


「1班はクリスでいいわよね。」


「あっ。クリスは外してあげて。」


「どうして?」


「ちょっと大きな問題を抱えていて負担を懸けたくないのよ。それに目立たないようにしたいし。」


「そう、だったら3-1-16アマンダに声をかけてみるわ。」


「2班は06のコチとグレースにも声を掛けて、」


「3班は06のラシナでいいわね。」


「オルレアが迷惑をかけると思おうけど」


「考え過ぎよ。あれでちゃんとやっているわよ。4班は06サンドでいいわよね。」


「もちろん、それからユニにも声を掛けて」


「当然ね。5班は食いしん坊の06テヒ、私でいい?」


「もちろん、でも大丈夫?忙しいんじゃない。」


「仕方ないじゃない16はあなただし。07のジュンか17のプリシアにはそれとなく話して置くは。」


「班長会議の議長は宛て役という事で1班アマンダでいいでしょ。」


「グレースとユニはクレマスタッフという事で・・・」


「当分はそれで。みんな勉強や研究が大変になるからやり慣れた役回りで行きましょう。」


「じゃあ、私はこれで。残りの昼時間で班長会議を立ち上げて於くわ。」


「ありがとう。お願いね。」


・・・・・・・


  午後は学院の関連施設の見学だった。各専門棟、関連施設、図書館、錬武館、近衛大隊の練兵場、馬場、厩舎、大食堂(カフェテリア)、日用品を贖うための軍の酒保は分かるが、何故か喫茶店(カフェ)。学院全体は広大な敷地の中央にある帝国王家の居館の北側の木立ちの多い平地に点在していた。

女子3組の寮に帰りながらそれぞれに会話が弾む。アマンダとクレマの周りには部屋長たちが自然と集まり、


「流石に、広いはね。歩いて移動って結構大変。」


「講義棟は寮から一番近いし、先生が講義に来て下さるから教室から教室への移動がないけど、専門科目は専門棟から専門棟への移動が大変そうね。」


「専門科目の履修の仕方に工夫が要りそうね。」


「9月と10月は講義棟で必修科目だから大丈夫だけど。」


「11月の中間試験が終わったら文化祭だけど、私達は2年生の手伝いだけでいいのよね。」


「でも、何を手伝わされるかわかんないのよ。」


「それも、調査対象ね。」


「文化祭は2年生から情報を得る機会でもあるから対策は立てといたほうがいいわね。」


「その後、12月は対抗戦。これは3年生が主体ってことだけど?」


「何を対抗するのかしら?」


「これも調査ね。」


「それからJ*J*J(マジュツ)の事は秘匿事項だから絶対に口外しないで、」


「でも、J*J*J(ジェジェジェ)の練習はどうするの?」


「それも研究調査ね。」


「他に調査、研究、検討を要する事項は無いかしら」


「各施設の利用規則の点検ね。」


「先ずは図書館でしょ、空き教室に、それから練武館に、大食堂に、喫茶店、酒保の取り扱い品もきちっと調査が必要だと思う。」


「学院規則、寮規則の読み込みと解釈の検討も必要よ。」


「穴を見つける訳ね。」


「う~ん、その表現は…。解釈の齟齬による事故の防止ね。」


「流石官僚志望。」


「出来れば男子の3組とも協力したいわ。」


「男子学生との交流についての規則とかあった?」


「パラパラと見た限りでは特に条項とか禁止事項は見当たらないのだけど、」


「分からないことは担任に聞けって言ってなかったっけ。」


「ブラックボード先生か~。攻略法を研究という事ね。」


「攻略って~ちょっと不穏な表現ね。~ん、お付き合い?接し方?…先生方との適切な接し方・作法研究ってのどうかしら?」


「先生方の情報も欲しいわね。」


「あとは、この辺の詳細な地図があると便利ね。」


「地図製作か~。」


「他の中隊じゃなかった(クラス)の動向?情報?情報交換それとも共闘?」


「それはちょっと慎重な検討が要るわね。」


「変に共闘すると義務負担が増えたりこちらの利益が損なわれたりするかも、」


「流石外交官志望ね。あくまでも我々の利益が優先でいいかしら。」


「とに角、みんなの不安や要望、希望を洗いざらい書き出して問題を整理しましょ。」


 女子三組831オーカー中隊の初めての夜は姦しく暮れていった。


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