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帝国学院編  5タップ-2  作者: パーナンダ
夏休み編
121/204

 夏休み ふた夜月 (前)

 山の上に立てられた方丈庵は小さい。祖霊祭の時の依り石が束石と言うよりは礎石として床の中心に利用されているのを床板が張られていない根太組の間に確認する。


「なんだか思ったより高貴な姿ですね。」


ルイが大工仕事を担ってくれたジェロに方丈庵を見上げながら話しかける。


「去年の檜皮が残っていたので、他の集落からもかき集めて使ってみた。ここは森の上の草原台地で吹きっ晒しで風も心配だが、雪も心配で少し勾配を高くして見た。その所為かな、」


と屋根の事を気にしながらジェロが答える。


「しかし、ほぼひと月足らずで良くここまでできましたね。」


「床張りと細かいところは床下を見てから、仕上げてくれという事だったから、こんなところだ。小さな庵だ。材料も騎士様のお陰でほとんど間に合った。他の集落の者も手助けしてくれたので、棟上げが終わったらあとはトントントンだな。」


そう言ってジェロが笑った。


「玄関とかは流石にないですね。」


「こんな庵に玄関は無理だな。板石を重ねて沓脱にしたが、来年はほぞの楔隠しに濡れ縁と錣屋根でも付けてみようかと思っているんだが。少し床が高くなったのでそれも面白いかと思うがな、しかし、この大きさでは土台無理な話なのかもしれんがな。」


「いえ、楽しみにしています。」


「それも、この冬を超えてみての話だが。骨組みはしっかりしているし、小さいから、解体も修繕もお手軽だ・・・これは、うれしくて騎士様に気安くしゃべり過ぎました。どうかお許しを」


「いえいえ、とんでもない。こんな素敵なお仕事をするジェロさん達のお仲間にぜひ加えて下さい。」


とルイは深々と頭を下げた。


・・・・・・・・・・・・


 アンドレ達が馬車泊りの上の野営地に小型の天幕(テント)を二張り立て、天布(タープ)を以前作った炉の近くに張って野営の準備を整える。ヴィリーがテヒ直伝の野営食(キャンプメシ)を作り、山にいる全員に振る舞う。そして月が出ると全員が眠りに着いた。夜番はルキア達がいるので特に立てないことになり、交代の心配もなく全員が寝静まった亥の刻に、女子天幕から三つの影が抜け出していった。


 「ルキアはここで待っていて。」


とナンジャモンジャの木の下てヴィリーが頭を撫でる。


 子狼を一頭づつ抱きかかえると、セシルの後追って尾根道を月の光に長く伸びる影を引きながら走る。


(こちらで先ずは身をお清めください。)

と、ヴィリーが二人に無言で合図する。三人は水汲み場の湖の水で身を清める。十三夜の月が中天を過ぎる時、ヴィリーは湖面の月を切る。暫くして三人と四頭は湖面の水を飲み瞑想に入る。一刻程して座を解くと来た時と同じようにヴィリーが無言の合図を送り帰途に就いた。


・・・・・・・・・

 

 明けて十四日の暁の光の中に、鎖帷子を光らせて天秤桶を担ぐルイの姿が尾根道にあった。龍神山の星屑の湖から流れ落ちる水を貯めて作った水汲み場から、天秤桶で午前中一杯水を汲むつもりだ。天は中秋だが地に鶺鴒は啼かずかと額の汗を拭うと一つ吐納を行い、再び歩き出した。


 ラフォスはルイが運んできた湖の水を馬たちに飲ませた。少し足らない。ちょっとルイに視線を送る。ルイは空になった桶を纏めて走り出したのを見て馬たちを草地へと引いて行った。


 ラハトは朝の時間、狼達と過ごしたが、狼たちが食事に出かけたので方丈庵の普請を見に来ている。ヴィリーとオルレアが床下に潜り込んでいた。


「ヴィリーさん、何をしているのです?」


とラハトが声を掛ける。


「束石に清めの水を掛けています。」


「どうしてそんなことをするのですか?」


「ここは神聖な祖霊に賜った庵です。外から持ち込んだものに良くないものが付かないように清めるのは神職、巫女の仕事ですから」


「ヴィリーはみこなのですか?」


「オルレア様は正巫女です。私も巫女の資格がありますので、オルレア様を手伝っています。」


「庵の他の物も清めるのですか?」


「ルイ様が清めの水を湖から運んでいらっしゃいますので、それを使って清めます。さあ、床下が終わりましたので、ジェロ様床板を入れて中の仕上げにかかって下さい」


そういうと、オルレアとヴィリーが床下から出てきて、庵を覗き込むラハトと連れ立って外に出た。


 「終わった?」


とクレマが声を掛けてくる。


「クレアは遊んでくれるものがいなくて退屈じゃの~」


とオルレアが返す。それには答えず、


「ヴィリー、今晩この庵にお籠り出来るかしら」


「畏まりました。供え物と座布を用意します。」


「お願いね。あと、原石を置く無垢の台座がいるわ。貫頭衣(ワンピース)は持ってきてるから、中食を頂いたら斎戒に入るわ。月が出る前に沐浴をして上りたいんだけど」


「場所を準備します。材料置き場の屋根の下がよろしいでしょう。あとはルイ様に頑張って水を運んで頂きます。」


「ルイはメイドにまで扱き使われているようじゃの~」


・・・・・・・・・


 ヴィリーがラハトを連れてアンドレのところにやってくる。


「アンドレさん、夕方までに作って頂きたいものがあるのですが、」


「何を作る。」


「クレマ様が翡翠の原石を安置してお籠りなさりたいとのことです。それで食台と棚と原石の台座を無垢の白木でお願い出来ないでしょうか」


「どれもジェロさんの手持ちの材料で出来る。造りが素朴なので夕方までには揃える事は出来る。折角だから台座を北壁の丸窓の下辺に高さと円の径と合わせて横長の台にするのはどうか。」


「いえ、長物は都合がありますので。今回は原石に釣り合った大きさでお願いします。」


「それなら、原石を入れるつもりで箱作りではどうかな。」


「それは、願ったりです。石の下に引く敷物は何かありませんか。」


「それなら、クリス様が織られた、手幅(ハンカチか手巾は使えないか。」


「それがよろしいでしょう」


「そうだ。ついでと言いっては何だが、ルイ様が作られた鎖帷子の手幅のどれかかを一緒に飾るのは駄目か。」


「供物としての金属は大丈夫です。良く日に当てて清めます。」


「ラフォスと相談していいのを見繕ってくれ。」


 ラハトはジェロの大工仕事を見ていたいが、アンドレの指物細工もみたいと迷っていると、


「ラハトはジェロさんの手元をしてください。手があると仕事が進みやすいです。」


と指示をくれた。ラハトは中食を挟んで一日ジェロの下で大工仕事を教わった。


・・・・・・・・・・


 夕餉を皆が揃って食べる。


「ジェロ親方、一応完成したのじゃな。」


と、オルレアがのじゃ姫のまま聞いてくる。


「そうです。一応の完成と言っていいと思います。」


「では、どんな小屋が立ったのかを教えてたもれ。」


「では、姫様せつ・・ご説明あげ候するだな。」


とジェロもつられてしゃべりだす。


「先ず、一丈四方の聖地の真ん中に二尺の高さの祖霊石があります。これと四方に柱を掘っ建てて土台を作ります。根田木などの都合で地面よりに二尺半ほど上に床がある高床式になりました。天井は格子組で高さも少し高めにとってあります。屋根はこのあたりの屋根よりも、とんがり屋根ほどではないですが少し勾配を高くして、屋根雪の落ちを良くしてあります。」


「一人用の小部屋よりは少し広いという事なのじゃな。」


「はい。もともと方丈の小屋は一人が寝起きするためだけのものです。床に寝具が一人分と文机に小棚に柳行李などが置ければ十分というものです。今回は祖霊神様の庵ですので物入などを出し付けしておりません。」


「そうか、質素が一番なのじゃ。」


「左様です。只、北壁に大きく丸窓を開け、ひき障子が入っています。東西は

壁を三分割し中の壁の横幅一杯に切り明け窓が開いています。その窓は今は、掛け障子にしてあります。三面とも外に掛け戸を仕掛け、つっかえ棒で開き加減を変えれるように細工してあります。南面は四分割して中の一組を両開き戸(フレンチドア)にしてあります。」


「お主の話を聞くとそれなりに小じゃれた様に聞こえるが、」


「壁や天井に凝った細工や装飾を入りていませんので、いかがなものかと、」


「そうか、質素が一番なのじゃ。」


「そうとも言えません。北窓の向こうの景色が贅沢でございます。」


「う~む。それは神からの贈り物。我らには致し方ない事なのじゃ。」


「真にでございます。」


「それはそうと、そろそろクレマの沐浴の時間じゃ。覗きたいものはわらわの後ろに並べ。」


・・・・・・・・・・ 


 月の出と共にクレマが祖霊庵に上る。ヴィリーが供物を整え灯明を付けてくれていた。床の中心には円座が置かれている。クレマは抱えてきた木箱から原石を取り出し、木箱を立てる。絹の手巾をその上に垂らして掛け、手幅を置いて、その上に原石を安置する。ひとつ頷くと扉が閉められた。


 北の窓だけが丸く開け放たれている。北の空は満月の光で明るい。灰が詰められた木箱に灯明から火を貰い小枝を焚き薫物(サマグリ)を捧げ入れる。

教えられたとおりに次第を執り行う。祈祷(プージャ)を進めるうちに心が落ち着き精神が透徹する。


 澄み切った精神で幾多の思いを巡らす。錯綜する考えや渦巻く野望が収斂して行くと、理が通り智が連なり悟が出現する。


 月が南天し、北の窓の大地が白銀に包まれ輝くころ、自分の考えを俯瞰する自分を見る。


 祖師祖霊、天使神霊と共に考えを吟味し、熟思し省察する。


 いつしか、展望(ビジョン)使命(ミッション)意味(バリュー)も溶け込むように光の中に消えていく。


 やがて背後の扉が開き、日の光に包まれる。東西の掛け戸と掛け障子が外され、祖霊庵が全開する。


 「クレマ、天幕(テント)でひと寝入りじゃ、肉体を労れ。かぁ~かっかっか。」


と、オルレアが入って来て大笑する。


ルイの肩を借りて天幕(テント)に入り爆睡した。



・・・・・・・・・・


 ふと、外の騒がしいさに天幕(テント)から起き出してみれば、大勢の人びとが肉を焼いたり、鍋を焚いたりと宴会の準備に忙しく動き回っている。急いで普段着(ドレス)に着替えてオルレア達を捜す。


「どうしたのこれ。」


祖霊庵の中には何やら大きなものが運び込まれ据え置かれている。


「機織機じゃ。タカハタというそうじゃ。」


と部屋の三分の一程を占めてそれはあった。


「これで、わらわも織姫さまなのじゃ、かぁーかっかっか。」


「なにが織姫様なの。ヴィリーこれはなに?」


「機織機です。」


「それは、見れば分かるわ。どうしてこれがここにあるの?」


「はい。クリス姫様に剣の修行と花嫁修業を兼ねて機織りをお勧めいたしました。なかなか良い結果がありましたので、オルレア様にもと思い一台購入しました。」


「そうね。成る程。そういう事か。オルレア!。あなた暇がある時はこの庵で修行しなさい。現金収入にもなるし一石二鳥ね。夏休みの残りはここでお籠りね。」


「神殿の修行はどうするのじゃ。」


「学院に通いながらできるでしょ。それよりここで、祖霊の方々の助けを借りて修行よ。来年の夏休みもここね。」


「クレマ。私はいつ遊べばいいの?」


「いつも遊んでいるじゃない。のじゃ姫ごっこで」


「ふぇ~。」


・・・・・・・・・・


 ルイが主催し、帝都の巫女が執行する形で開基式が無事終了した。


 夕方、直会(ナオライ)が七つの山の民の集落の代表を招いて始まった。


「聖なる騎士様。おめでとうございます。」


長老格の言祝ぎで酒杯を空ける。次々と料理が運ばれ酒樽が開く。一頻り飲み物食べ物がいきわたり皆が落ち着いたところでクレマが立ちあがり、用意の七つの小箱を広場に運び込む。

  

「山の民の皆様、私はルイ=シモン騎士爵の学友、クレマ・エンスポールです。友人としてルイ=シモンが騎士の修行に出たいと言い出した時は大変心配しました。しかし、今日皆様のお力添えを得てこの地に祖霊、山の神、森の神に縁のある庵を開くことが出来たことを心よりうれしく思います。これを記念致しまして細やかな本当に細やかな贈り物を七つの集落に送りたいと思います。これからもルイ=シモン騎士爵の佳き友人・隣人としてお付き合い頂くことをお願い致します。」


そう言うと、小さな箱を集落の(オサ)一人一人に配って歩いた。


「キレイなねーさんよ、あんた聖なる騎士様の友人と言う割には気がきくな、もしかして奥方か。」


「いえいえ、学友にして戦友ですよ。」


「ほうかい。でこの箱の中身は何だい。開けてみてもいいかい」


「どうぞ、開けてみてください。」


「おっ、これは帽子か、」


「はい。ベレー帽です。」


「それにこれは鎖で編んだ手幅(ハンカチ)ほどのものだが。」


「そうです。まず、帽子からご説明しますね。この黄色いベレー帽ですが、ルイの中隊はルイの活躍を記念して薄い土色(オーカーベレー帽を揃いで作りました。それを真似て皆様との誼を末永いものとするため黄色のベレー帽を仕立ててまいりました。どうぞ、ご笑納ください。もし何か帝都でもしくはどこかでルイ騎士爵にご相談事がある時は集落の代表としてこのベレー帽を被ってお尋ねください。友人としてお力添えをさせて頂きます。」


「何か、これを被っていけば俺たちはどこででも聖なる騎士様のおともだちってわけかい。」


「そうですよ。」


「それじゃこの鎖手幅は何だい?」


「これは、ルイ=騎士爵がこの旅で初めて作った鎖帷子の試作品です。」


「騎士様は鍛冶屋にでもなるのかい」


「いえ、これはルイ騎士爵がこんな拙いものを作った時からの古い友なのだと何時か昔語りをするときの話の種でございます。」



「聖なる騎士様は今はお幾つなんだい。」


「15歳です。」


「そしたら、何十年後かに酒でも飲む機会があったら、こんなものを作っていた時からの知り合いだと自慢するための物かい。」


「そうです。」


「そいつはまた、長生きしなきゃならないな。」


「はい、そして時々こうしてここで酒を酌み交わすことが夢でございます。」


「分かった。でも、15じゃまだ酒が飲めない。でっかい家来の方に酒を代わりに飲んでもらおう。」


そう言ってまた酒樽を開けるのであった。

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