夏休み ヴィリーの報告
黒い森というのだろうか、更に鬱然たる森が目の前に立ち塞がる。アズー川を越えて、大岩村に帰る林道を馬を走らせてきたが、何故か森が濃くなっている感じがした。
2週間程前、つまり大岩村を出発して二日目の朝、ヴィリー達と別れた場所で馬を下り、アンドレが合図の折れ枝と石積を確認する。
「まだ、来ていないようですね。」
「それでは、今日はここで待ちましょう。まだ、日が高いので野営地を少し切り開きましょうか。」
「そうですね、先ほどの小川で水を汲んできて、この分かれ道付近で野営しましょう。」
アンドレがルイに答えると、三人は一斉に動き出した。
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次の日、朝のお八つを取りながら、アンドレが
「ルイ様、そろそろ出発しないと日のあるうちに村に着けませんが」
「そうですか。ならば我々が先に村に帰って早めの準備をしましょうか。」
そう話をしていると、ガサゴソと森の中に気配がする。三人は警戒態勢を取って身構えると、
「腹が減った。何か食わせてくれ、」
とラフォスが疲労困憊と言った態で藪の中から姿を現した。
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食事を終えたラフォスと二頭の馬は疲れ切って、寝入ってしまう。
その姿を見て、アンドレがルイに尋ねる。
「これからどういたしましょうか?」
「アンドレはこれから村の宿に帰って、みんなをを迎え入れる準備をして下さい。ラフォスが目を覚ました時点で動けるようなら後を追います。そうは言ってもこの様子では、明日朝ここを出発することになると思います。ヴィリーは心配ないとラフォスが言うのであれば、次の準備をしてヴィリーを待つことにしよう。」
「分かりました。ではそのように致します。」
そういうとアンドレは直ちに馬に飛び乗り、去っていった。
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ラフォスよりも早くグルファとグルトの二頭の馬が立ち上がったので、
「ラハト、少しだけ大麦と塩を与えて水を飲ませて、欲しがるだけ与えちゃだめだよ。」
とルイが指示を出す。
そのうちラフォスも目を覚ましたので、
「ラフォス、起きて村まで行けそうですか?」
とルイが尋ねると、
「何とか行けます。」
と答える様子をみてルイは、
「やはり今日はここで野営をして、明日村に帰る事にします。ラフォスはこのお茶を飲んでこれを食べて、また休んでください。ラハトは馬たちをつれて小川で世話をして下さい。僕はもう少し焚き木を拾ってきます。ラハト、馬は二頭づつで留守番を残してください。」
そういうと、ルイは森の中へ入っていった。
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その次の日は夕方遅く、村の宿に付いた。宿の夕食を取り、ラフォスとラハトを早く休ませ、ルイとアンドレがルイの自室で話し合う。
「アンドレもラフォスもラハトまで、ヴィリーは大丈夫と言うので余計な心配はしないことにします。」
「それでよろしいと思います。」
「それでは、10日の日はギリギリまでヴィリーを待って、出発するという事でいいですか。」
「そうですね、ヴィリーなら午前中には帰って来るでしょうし、昼に出れれば
13日の、日のある内には月光山に到着できます。」
「それでは、明日1日は休養日という事でいいですか。」
「はい。ルイ様もゆっくりと生気を養ってください。あと、宿の主人がマレンゴに仕事を頼みたいと言って来ているのですがよろしいでしょうか?」
「アンドレはどう思いますか。」
「マレンゴは順調に来ていますし、疲れもない様なので大丈夫でないかと思います。」
「そうですか、では、その件はアンドレさんにお任せします。」
「畏まりました。少し条件を付けて交渉してみます。」
「お願いします。」
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8月10日の朝、ルイ達4人は朝食を宿の食堂で取っていた。
「私にも食事をお願いします。」
と、突然声がする。ルイ達が食堂の入り口を振り返ると、そこには灰色メイド服を泥だらけにしたヴィリーが立っていた。
「あら、お嬢ちゃんそんな泥だらけになって、何処へ行ってきたんだい。ご飯の前に先ずは湯浴みだね。」
世話好きの気のいい、宿の女将がヴィリーを見つけてそう声を掛ける。
「おかみさん、お久しぶりです。」
「お久しぶりもないよ。井戸の横に衝立を立てて台所からお湯を運んであげるから、そこで湯浴みをしな。まあー、髪も随分汚れて、あたしが手伝ってあげるからこっちにおいで。」
ヴィリーは女将に手を引かれながら
「ラハト、私のカバンを持ってきて、着替えが入っている方の」
そう叫ぶと宿の裏手へ消えていった。
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荷馬車で五日の行程を、四頭立とは言え大型馬車で3日で走り切るのはそれなりに大変である。速度を出すための安全確保の為に先駆け物見を出すのだが、シルバー1頭しかいない。ルイとアンドレが交代で先ぶれに走る。重量のある車体は急には止まれないので、先ぶれの指示が的確でなければならない。基本、見通しはいいのだが曲道や登り下りが無いわけではない。往路の経験と手製の地図を頼りに時には、ラハトやヴィリーを連れて行き立ち番をさせる。馬たちの疲労が蓄積しないように、早め早めの休憩と栄養価の高い穀物を消化の良いように加工して適宜与える。休憩時には馬の体調管理としてマッサージや蹄鉄の確認と掃除が欠かせない。水場があればいいが、ない時には水を確保す必要もある。お客が乗っているわけではないので速度を上げやすいが、馬車用道路とは言え山の中の林道である。枯れ枝が風に飛ばされてけっこう落ちている。落石や泥濘があったのは一度や二度ではない。それらを適切に処理して馬車の安全を確保していくのは、ルイにとってかなりの負担であったが貴重な実施訓練であった。
12日の夕方、漸く関所跡砦の馬車宿に到着した。
「ルイ様、此の宿は安全です。夕食の後はラハトと二人部屋ですが、明日の朝までお休みください。」
「しかし、アンドレやラフォスはまだ仕事があるんだろ。」
それに、アンドレが答える。
「馬の世話も馬車の手入れも終わりました。後は大人の仕事が残っているだけです。」
「酒場でね。」
ラフォスがおどけて口を挟む。ヴィリーが
「情報収取は旅のいえ、すべての基本です。酒場はいろいろな情報が集まりますが、ルイ様もラハトもそして私にも些か不都合です。」
「分かった。そういう事なら先に休ませてもらうことにする。」
そう、言い終えると食事を終えて部屋に引き上げていった。
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早くにベットに入り、ぐっすりと眠ったが四時に起きての三勤行は変わらない。ラハトを起こさないように部屋を抜け出し、オディ川を見下ろす岩場でマントを被って瞑想と呼吸法を行う。川靄の晴れ行くなかに身を溶け込ませる。
「おはよう。ルイ。」
懐かしい、愛おしい声に驚き振り返る。朝日を受けて輝く、クレマが立っていた。
「どうしたんだ」
「私の声に心を乱すなんって、修行が足りないわね。それとも私が魅惑的すぎるのかしら。」
そう言って、クレマがにっこりと笑う。
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部屋を引き払い、馬車の用意を整え終えていたが、ラフォスとラハトに馬車を任せ、ルイ、アンドレ、オルレア、クレマ、ヴィリーの五人が会議室を借りてお茶を飲んでいる。
「という訳で、私は一週間で巫女見習い、次の一週間で巫女を卒業し、今は正巫女として修行中という訳です。今年中には正巫女も卒業して神司少なくとも神司補には進むつもりよ。」
そうオルレアは近況報告を終えた。
「オルレアが神殿が陰気臭いだの黴臭いだのと言って暴れ出しそうだったので今回の呼び出しは助かったわ。私の方は学院の図書館と各大学の図書館の一般的に入れそうなところは一通り見てきました。」
「帝国学院はとも角、大学は勝手に入れないだろう。」
とルイが質疑を呈する。
「私を誰だと思っているの。」
と、襟裏の徽章をチラリと見せる。
「特務ですって言えば、入館許可証ぐらいは直ぐに手配できるのよ。ここに来るのだって軍の川船に便乗させてもらって特急で来たんだから。」
「クレマはそうでもオルレアはどうするんだ。」
「何を言っておるのじゃ。クレマが特務と言えばこのオルレア様の天下御免の向こう傷にあかぬ扉などないわ。かぁっかっかっか~。」
「オルレア、また何か変なのに進化してるみたいね~。軍関係なら船への便乗位、何でもないわ。オルレアがにっこり微笑めば兵士達が喜ぶし、お互いさまって感じね。」
「何がお互い様なのか分からないが、兎に角、間に合ってよかった。」
「それで、クリスは如何したの?」
「クリスは花嫁修業中だな。」
「なにそれ。」
「まあ、修行の一環として機織りに精を出していてここには来れないと、いうところだ」
とルイがイミンギ老師との経緯を説明した。
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「そうい事があったのね。」
とクレマ。
「クリスがいなくても、ルイがいるから何とかなるのじゃ」
とオルレア。
「で、ヴィリーはクリスと別行動でどうしたの。」
「はい。クレマ様。私は大岩村の大岩山にぶつかるように、森の中を東西に走る道が実は、大岩山の向こうに続いているのではと思い、大岩山を回り込んで東側に出ようとしたのでございます。」
「そう。森の中を東西に走る林道があるの?」
「ああ、クレマ。仮の名としてアズー林道としている。」
「アズー林道?」
「大岩山からニ、三日の処でアズー川を横切る事に居なる。どうもアズー川から西がイミンギ老師の森棲の森の様な気がする。そんなことがあって取り敢えずアズー林道と名付けた。人が引く荷車の幅があるが、弐騎並列騎乗はちょっと難しい道だ。それでも、崩れず良く保たれている。」
「そう、それでヴィリーはその林道を離れて大岩山を回り込んだのね。」
「それがなかなか大変でした。人が通った痕跡も1日ほどで消え去り、後は獣道を頼りに深い森を東へと進むことになりました。」
「それで、大岩山の端にはたどり着けたの。」
「2週間の旅程の折り返し日にラフォスと馬2頭を返すことにして、単独で3日大岩山を目指して進みました。ようやく何とか大岩山にたどり着き岩山を登って上の方から遠見してまいりました。」
「ずいぶん大変そうね。それで、何が見えたの。」
「大岩山の北側の頂きから見まわすと、オディ川の流れが見えました。」
「オディ川は、ず~と北から流れてきてるのよね。」
「いえ、クレマ様。それが東から流れてきて、大岩山にぶつかり南に転進しているのです。」
「東から?」
「はい。それなりに蛇行してはいるのですが、遠い東の木の生えない高い山の更にその向こうから流れてきていました。」
「そういえば、イミンギ老師がクリスと話をしているのを聞いたのだが。」
「なに?」
「イミンギ老師の森棲の森を突き切って、木の生えない高い山を越えて向こうに降りていくと、コリエンスポール王国という国があるそうだ。つまりこの山脈は・・・」
オルレアとクレマが目を見合わせる。
「それで、クリスが残ったのね。」
「えっ。なんだって、」
「いえ、こっちの事ョ。そうすると、う~ん。お金が足りないわ。」
「はぁっ。なんだよクレマ。ここで金の話か。」
「ルイ、何をやるにもお金の事はついて回るわ。」
「それは、そうだが」
「ちょっと計画がたくさんあり過ぎて整理が必要ね。」
「あの、姫様方。」
「なに?アンドレ。」
「恐れ入ります。このようなものをクリス様から、預かってまいりました。」
とアンドレは、背嚢の中から布に包まれたワインボトルよりも多少大きな物を取り出し、机の上に置いた。
「これ何、アンドレ。」
「クリス様がイミンギ老師より託されたものだそうで、オルレア様にと。」
「なんだか、掘り出しただけの石のようだけど。」
「クレマ。これは翡翠玉の原石です。」
「これが~、話には聞いたことがるけど。」
「小さい石片でも金よりも高いとか。それよりもこの大きさの原石どうしたらいいのか皆目見当がつきません。」
「これは、よくよく考えないといけない事よ。ヴィリーはどう思おう。」
「イミンギ老師という方がオルレア様にということならば、森の秘密、少なくとも森棲の森のことを勘案する必要があるかと。」
「当然ね。それから、」
「それから、オルレア様の立場というか立ち位置というかが問題になります。」
「そうね。」
「そして、これほどの宝物を所有するのにふさわしい方の事も。」
「成る程。そういう事ね。そして軍資金の確保か。」
「そう言ったことは、クレマ様の担当という事でよろしいでしょうか。」
「分かったわ。そうね、オルレアにはいずれ帝王陛下と差しで勝負してもなうことになるわね。」
「クレマ!それはいったいどういうことだ。」
「それはね、ルイ。私達には金も暇も実力も足りないという事ょ。」