12 紅茶の香り
「折角だから、クリスさん。もう一杯お茶を入れてください」
ドアを開け体半分、部屋を出ていたルイが前を向いたまま
「先に行く」
と小声で呟くのを聞いた。
クリスはルイの右手が離したドアノブを間髪入れずに受け取ると、ドアを静かに閉め表情を変えまいと一つ小さな息を吐いてから回れ右をした。
「はい。」
短く答えると、茶道具が乗ったワゴンに近づいた。小さな炉に乗った鉄瓶の中を確認して水差しから少量の水を足し、炭を掻き立てた炉の上に置いた。
テーブルのカップを下げて新しいカップを用意し、ティーポットの中を覘く。
「茶葉は取り換えず、必要な分を足すだけにして下さい」
と、アンシュアーサ導師から声が掛かる。
クリスは小さく頷くと、茶器の蓋を開け香りを聞いた。
こぼしにティーポットの残り湯を開け滴を切る。暫く考えてティスプーンにひと掬いの茶葉を入れた。
鉄瓶の沸音を十分に聞いてから手巾で鉄瓶の弦を持ちティーポットに注ぐ。一尺ほどの高さから熱湯を注ぐその姿に揺らぎはなかった。
蒸らしの時間を不動の姿勢で待つ。カップを温めていた湯をこぼすと、二杯の紅茶を作り運ぶ。
ワゴンの位置まで戻り直立して待つ。
導師が一口啜るように口にする。
「先達騎士はどなたかな」
「5歳の時に父から剣の手ほどきを受けました。」
「それから」
「10歳の時から夏の間だけ父の師に教えを受けました」
「その方のお名前を伺っても良いかな」
「アタ師です。」
「烏帽子親か」
「はい。」
「茶の作法は」
「アタ師と紅茶は従者のメイドがケーキ屋の経験があるので教わりました。あとは嫁入り修行として仕込まれました。」
「従者のメイドとは異な表現だが」
「小間使いの名目で帝都に連れてまいりました。」
「剣は古流か」
「はい。」
「流名は」
「判りません。師は只、古流だとのみ」
「段位は」
「受爵と学院入学祝に辛うじて目録を許されましたが、名ばかりです。」
「目録ならば遠当ては」
「未だに」
「なかなかに美味しいお茶でした。機会があったら紅茶の師匠のメイドさんがいれたお茶を頂いてみたいものです」
「機会があれば」
・・・・・・・・・・
クリスが去った中隊長室では、導師と中隊長が
「導師、久々に美味しい紅茶でした。」
「中隊長さんも貴族出身でしたか」
「恐れ入ります。ところで目録とは何ですか」
「まあ、精鋭ぞろいの親衛隊に入れる力量はあるという事です。」
「個人技重視の近衛の中でも精鋭で知られる親衛隊レベルですか」
「お茶を入れる姿だけでわかります」
「私などは足元にも及ばないという事ですね」
「軍は基本集団戦です。個は弱でも集団の力の運用です。貴人の警護のような個人技が求められる戦闘とは比較できないものです」
「いち早く個人戦から集団戦法に切り替えた初代帝王の叡智がこの帝国の繁栄を築いたといわれていますから、理解はしていますが。個人としての強さには憧れがあります。」
「一個の人間としては、当然ですし個が強いことにこしたことはないです」
「多分、クリスがルイに良い影響を与えてくれるでしょう。」
「メイドの喫茶が気になりますネ」




