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帝国学院編  5タップ-2  作者: パーナンダ
夏休み編
119/204

 夏休み 8月4日 暫しの別れ

 朝霧の中を馬を進める。日は登ったのでそのうち霧は張れるであろうと一本道を馬に任せてゆっくりと進む。鞍上ではつい物思いに耽ってしまう。


・・・・・・・・・・・・


 ラハトはイミンギ老師の言葉を思い出していた。


「その胸の短刀(ナイフ)を見せてもらえんだろうか。」


 突然、声を掛けられた。昨日、クリス達が三勤行をしている時間、ラハトも一人森の小さな茂みの中に、ちょっとした平地を見つけそこで一人稽古をしていた。苦無(サバイバルナイフ)を左胸前に来るようにして、付け具合を確認しながら、教わったばかりの五業拳を練習していたのだ。


「はい。」


ギクリと驚いたが素直に答えて、革紐を解き鞘ごと手渡した。老師は両手で受け取り、ゆっくりと抜き出すと、丁寧に苦無を観る。


「村の人たちが持つのと少し様子が違いますね。幅広の切っ先と鋸刃が特徴的ですが。」


「はい。ラフォスさんがそれで、枝を切ったり,根を掘ったりしろと僕の為に特別に打ってくださいました。」


「成る程。なかなかの出来です。生活の為の道具ですね。丁寧に使えば一生使えます。」


そう言いながら苦無を鞘に納め両手で丁寧に返してくれた。


「その拳法は誰に教わったのですか。」


「はい。この旅の途中で初めてクリス様に教えて頂きました。」


「そうですか。・・・その拳法は大変危険な術です。練習する時は誰にも見られないように。そしてはじめのうちは出来るだけ裸で、この苦無やシャツは身に付けずに、裸足で練習した方が良いです。」


「はい。分かりました。」


「ところで、名前はラハトさんでしたかな」


「はい。ラハトです。」


「何か謂れ、おじいさまの名前とか由来とかあるのですか。」


「分かりません。」


「お母さんはなんと、」


「お母さんの記憶はありません。」


「お父さんは?」


「お父さんは去年、村が盗賊に襲われた時に死にました。」


「それは・・辛い事を聞いてしまいましたね。」


「いえ、今は辛くありません。姫様やクリス様たちが良くしてくださるので、過去の思い出のひとつです。」


「そうですか。あなたのご主人の姫様はとても良い方なのですね。」


「はい。聖女様です。」


「そうですか。そう、これは大切な事ですが、拳法を使えることは秘密にしておく事です。あなたは武人でも騎士でもありません。その拳法はあなた自身とあなたの大切な人を護る為だけのものとしなさい。」


「はい。クリス様とも約束をしました。決して見せびらかしたり自慢したりしてはいけないと。クリス様とアンドレさんとラフォスさんとヴィリーと知っているのは四人だけの秘密です。」


「あなたの拳法の師匠はとても良い方ですね。」


「はい。とても優しく、お強いです。」


「そうですか。それは佳き事です。ところでラハトさんは狼と話が出来ると伺いましたが。」


「狼のセシルとルキアは姫様のじきしんです。少し狼と話が出来るので、僕もじきしんというのにして頂きました。」


「そうですか。そう言えば、魔法神話にラハという偉大な魔導師のお話があります。」


「?」


「ラハは狼に育てられ狼の言葉がわかりましたので、修行して鳥や他の獣たちとも話が出来るようになりました。やがて、鳥や獣たちとの会話や生き方をみて魔法の秘密に気づいたそうです。」


「?」


「ラハ導師はさらに厳しい修行を重ね、すべての生きとし生きるものの守護者として偉大な魔導師と称えられるようになったそうです。」


「?」


「いつか、師匠から自分で拳法を工夫しても良いと言われたら、ラハトさんもラハ導師の様に、鳥や獣たちの智慧を、拳法に取り入れてみたらどうでしょうか。」


「ちえ?」


「智慧とは森羅万象の摂理・・・自然の掟です。人は言葉で考えていろいろ掟を作りますが、鳥や獣たちは身体で素直に自然の掟に従って生きています。」


「・・・」


「鳥には鳥の事情がありますが鳥として自然に掟に従って、生きて動いています。」


「飛ぶことですか」


「大きな鳥は大きな鳥の飛び方で、小さな鳥は小さな鳥の飛び方で空を飛びます。」


「狼の走りと馬の走り方は違います。」


「そうです。それを真似てみると何か分かるかもしれません。それをラハトさんの拳法に取り入れてみるのです。」


「そんなことが出来るでしょうか?」


「ヒトには知恵があります。」


「チエ?」


「よく見ていると何かに気づくことがあります。気づいたらよく考えます。よく考えたら実際にやってみます。」


「よく見て、気づいて、考えて、やってみる。」


「そうです。でも大抵は失敗します。」


「失敗するのなら・・・」


「失敗したらまた見て、気づいて、考え直して、またやってみる。」


「またやってみる」


「何度も考え直してやってみると成功することがあります。」


「なんだか、難しいような、面倒な様な・・」


「真剣に何かを願うなら、何度もやり直すべきです。」


「真剣に強くなりたいなら、何度もやり直す・・」


「そうです。それが工夫というものです。」


「例えば、馬車がありますが知っていますよね。」


「はい、ラフォスさんが上手に馬車を操ります。」


「馬が馬車を引くときには馬の頸に馬軛(ホースカラー)が使われます。牛が車や犂を引くときの軛とは違う形です。」


「・・・」


「それは良く馬と牛を見比べた結果です。」


「?」


「牛は前半身でつまり、肩で押すのが得意です。でも馬は後半身で前に進むのが得意です。」


「馬の蹴りですか、」


「そうです。馬は攻撃する時は良く後ろ脚でけります。」


「蹴られると人が死ぬそうです。」


「そう、大変危険です。それとは違って牛が攻撃する時は頭を低くして突進してきます。」


「はい。ドンとぶつかって角に引っ掛けて空に放り上げます。」


「そうです。牛は頭、首肩がとても強いのです。」


「そうなんですね。」


「それをよく見て、気づいた人が、牛の軛をそのまま馬に付けてはいけないと考えて、いろいろ工夫して、今の馬軛(ホースカラーが出来上がりました。」


「いろいろ工夫したのですか?」


「いろいろ工夫することを試行錯誤と言いますが、その結果、馬の強い後ろ脚の力をうまく使って牛よりも力を出せるようになったそうです。」


「?」


「牛が畑を2枚耕している間に、馬は3枚の畑を耕せると言われています。」


「それはすごいですね。」


「それに、馬は早く走れるし、遠くまで走れますので今は馬が大変重要になっています。」


「はい。」


「それは、牛の自然な働き、牛の掟と馬の自然な様子をちゃんと見て、気づいた人がいたからです。」


「はい。」


「鳥や獣と馴染み深いラハトさんが、鳥や獣の自然な様子を見て、何かに気づいて、それを拳法とかに取り入れてみたら面白いと思います。」


「分かりました。クリス様の許しが出たらやってみたいと思います。」


「そうですね。何事も師匠に相談してみてください。」


・・・・・・・・・


「ラハト、霧も晴れた。少し飛ばすぞ。」


アンドレの声に我に返ったラハトは、シルバーに速く走るようにと蹴りをいれるのであった。


・・・・・・・・・・・・

 

 昼の大休憩を取りながら、ルイは今朝のクリスとの会話を思い出していた。


「では、ある程度の余裕をもって迎えに来る。」


「でも、出来るだけ長くここで修行したいな。この夏は、」


そういうクリスにルイは


「でも、学院の秋学期の始業式に遅れる訳にはいかないだろう。」


「そうね。それじゃ今日から20日間の行に入る事にして、8月の23日まで、24日にここを発つというのがギリギリの日程ね。」


「雨が降ったらそうもいかないぞ。」


「何とかなるわよ。」


「そうか、しかしそうなると8月15日の月光山草庵開基の式には出ないという事になるな。」


「その辺は、ヴィリーとクレマに任せてあるから、大丈夫よ。」


「クレマも来るのか。」


「うれしがらせて申し訳ないけど、イチャイチャしている時間は無いわよ。」


「わ、分かっている」


「ルイには、夏休みの残りの時間でいろいろ経験してもらう事があるから。」


「あ~、覚悟はできてる。」


「それじゃ、9月1日に学院で」


・・・・・・・・・・


 「ルイ様、そろそろ出発しましょう。今日中にアズー川を越えたいと思います。」


 そう、アンドレに即されてルイは騎乗の人となった。


・・・・・・・・・・

 

 夜警の中番が一番つらいとはいえ、アンドレには慣れた仕事であった。三人で20時から3時間交代の当番を組んだ。20時から23時までをラハト、23時から2時までをアンドレ、2時から5時までをルイが担当する。ルイには深い時間の夜警はいい経験になると思う。


 ラハトも良く頑張っている。この帰りの馬の世話を任せている。野営の準備も手慣れてきた。あとは身体がしっかりするのを待ってからだなと思う。


 しかし、簡易の鞍はやはり疲れる。マレンゴには荷鞍を付けて沢山の荷物を積んできたので、乗鞍がな足りなかった。荷鞍の部品を使って即製の鞍を作ったが、鞍数が増える(何度も使う)と腹帯が特にサドルステッチではないので、どこまで持つか、不測の事態が気にかかる。焚火の光で馬具を繕いながらそんなことを思っていると物思いに入り込んでしまう。


・・・・・・・・・・


「何を縫われているんですか?」


イミンギ老師が通りがかりに、ふと気になったという態で話しかけてくる。クリスは修行と言って岩小屋に籠っている。ルイは、森に棲む人々が持ち込む如何にも古い金物や石の道具の補綴に、ラハトを連れて出かけていた。アンドレは出来るだけの荷物をここに置いて行き、乗馬早駆けする準備をしていた。


「鞍が一つ足りないので急遽手作りしています。」


そう答えると、


「なかなか器用なのですね。」


「いえ、手持ちの道具ではとても間に合いません。鞍と呼ぶよりは少し丈夫な座布団と言ったところです。」


「左様ですか。ところで六尺棒は何処で修行されたのですか。」


「姫・・クリス様の師であるアタ師の下で足掛け十年ほどです。」


「成る程。何処かに仕官される御つもりでしたか。」


「いえ、アタ師が村の自警にと、村の若者に棒術を教えて下さるので何となくと言ったところです。特に仕官や武芸には興味はなかったのです。」


「興味が無い方がこれほどの使い手になるとは、智謀もお有りの様子。あなたなら一門の将になれるのではないですか。」


「いえ、武門の道には興味がありません。」


「では、何故ゆえにそれほどの修練を積まれたのですか。」


「はい。ひとつはクリス様のお父上に受けた恩義を返すため、一つはアタ師のお人柄、そして姫様の運命でしょうか。」


「初めの二つは何となく分かりますが、クリス様の運命とは?」


「それはこれからのお楽しみという事でしょうか。辺鄙な田舎で一生を終えると思っていたのが、姫様の従者になれたことで、今は、ここいます。」


「成る程、言動に似ず、夢追い人(ロマンチスト)なのですね。」


「お恥ずかしい限りです。」


「人の一生は、旅であると例えられることもあります。旅の幸運をお祈りいたしましょう。」


 そう老師は言うと、暫しの間、瞑目した。


・・・・・・・・


 焚き木が燃え崩れる音に我に返ると夜空を見上げて、一つ深い呼吸をした。

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