108 出発
先端が皮革で補強された三尺足らずの細長い緑の布を右手に下げてヴィリーはオルレアの前に立つ。
「オルレア様、髪を纏めているリボンをお貸し頂けないでしょうか」
「これが必要なの?」
と言いながらも躊躇なく豊かな髪を纏めていた濃紺の柔らかく滑らかなリボンを解くとヴィリーに手渡す。軽やかな金髪が気だるげに崩れ落ちて行き、波打つ。
ヴィリーはメイド服の上から腰にリボンを帯に巻くと腹前で結び、結び目を後ろに回しやる。
「姫様、お支度を」
とクリスに声を掛け、緑の筒状の布袋を左腰に差し込むと更地の真ん中に立つ。
クリスは、剣帯をはずし帽子と共にアンドレに預ける。従者に持たせた鞘からナイトソードを引き抜くとニ三度、素振りをくれる。一度鞘に戻し、胸甲をはずすと再び剣を抜きヴィリーを見やる。
ヴィリーは腰差しにした緑の筒にある結び紐を解く。袋状の途中の立てに裂かれた切れ目が割れて木刀の柄が顔を出す。柄を包んでいた布袋の部分が下にだらりと下がるのを掬い上げ鯉口に当たるところに巻き付けると、巻いた部分を左手で握り腰に木刀入りの刀袋が馴染むように二度三度しごく。
クリスは更地の中央に立つヴィリーに向かって歩きだした。ヴィリーはそれを見て西に向かって歩くと六間ばかりの所で立ち止まり振り向く。クリスは中央地点から東に向かって歩き出し、やはり六間ばかりの所で振り返る。
「これってあの時の再現?」
とクレマが呟くと
「よく似ているが、間合いが違います。あの時は六間の間合いで始めましたが、これは十二間はあります」
とオルレアが応じる。
ルイは何が始まるのか、予想はついたが十二間の間合いに現実感を感じなかった。
昼下がりの夏の太陽をヴィリーは右手、クリスは左手に受けていた。ヴィリーは木刀の鞘頭に当たる所を左手で把持する。クリスはナイトソードを右手で額に翳し、直立する。
互いに目礼をするとクリスは左足を一歩踏み出し右片手上段に構えた。
ヴィリーは左足を軽く引き右手を柄の上に翳している。
暫くの間そのままの姿であったが、ルイにも二人の呼吸が段々に合ってくるのが感じられた。その刹那、音のない圧が身体を襲った。
更地の中央には大きく右足を踏み込んで片手剣を腹前に突き出すクリスの姿があった。ヴィリーは右上方に剣を翳している。
暫くの静止状態からヴィリーの吐く息ですべてが動き出した。
クリスが額に短くなった剣を翳し目礼をする。ヴィリーが木刀を右手陰剣に持ち変え、身体の後ろに木刀を隠し膝礼をする。
・・・・・・
オルレアが子狼のセリを抱き上げながら
「ヴィリー、良かったらそのリボンを貰って下さるかしら」
「オルレア様よろしいのですか」
「あの技を使うのにはそのリボンが、いいえ帯が必要なのでしょ」
「はい」
「どういう事?」
「クレマ様、剣術には剣が一本あればそれでいいのですが、あの技には道具がいります。」
「それがリボンという事?」
「はい、剣と鞘と帯が要り用です」
「そうしないとあの技を使うことが出来ないのね」
「そのようですね、クレマ。そして使い手は道具を選びます。このリボンは国を出る時、母上がわたくしにくだされたもの。古の御業で織られた母上の実家に伝わるものです。」
「そのような貴重なものを・・」
「よろしいのです。もうわたくしには必要のないもの。ヴィリーによって守られるべき人々の役にたてればそれに勝る事はありません」
「畏まりました。」
「それにしてもルイは悩んじゃうわね」
「自分の往く道が見えない時は師匠に相談するば良いのです」
クレマは一人佇むルイを見やる。そこにアンドレが声を掛けてきた。
「オルレア様、クレマ様。そろそろ出発せねばなりません」
「分かったわ。1分だけ待って」
そう言い残すとクレマは一人佇むルイに歩み寄り
「ルイ、待ってるわ。いい男になって帰ってきて、元気でね」
帝都学園編第一章をここで終わりににします。次は第二章夏休み編です。が、受験する破目になり暫く投稿間隔が開きます。流石に受験勉強しないとです。文章スタイルも変えたいと思います。1200字あたりで毎日投稿は意外と短くて大変でした。ここまで付き合って下さった方(今日の時点で2名様ですけど)有難うございます。自分が読みたいものを書きたくて始めたので読者に分かりやすいものではなくなっています。でも、私は校正しながら何度もウルウルしてしまい意外と面白かったです。暫く夏休みの過ごし方を考えてから始めますのでよろしかったらお付き合いください。