107 洗礼
鎧櫃の蓋を開け放ちクレマが中を漁る。
「クリス、いろいろ入っているけどこれを全部つけるの?」
「今は騎乗になれるために、綿シャツの上にこの革上着と胸甲、ズボンに乗馬靴の代わりに編み上げ長靴があるはずです。拍車を付けて、いずれ騎士のフルプレートを付けがますが、取り敢えずロングソードと凧型騎士用盾を肩から下げて取り扱いに慣れさせます。皮手袋と弽と左手のガントレットは取り出しておいてください。短剣をどに仕込むか工夫がいります。それから兜はこの板金のケトルハットで旅の間を過ごそうと思います」
クレマが手伝ってルイに着せていく。
「なんだか、中途半端な傭兵崩れって感じね」
「好き勝手言ってくれ」
「クリスはつばひろ帽を取れば颯爽とした美剣士なのに、お付きの従者?荷物持ちね」
「盾やロングソードを下げての騎乗は乗り降りが難しいし、右手で短剣の鞘貫きが意外と難しい。あと短弓も担いで鳥や兎などを常に・・・」
「ハイハイ分かりました。ルイ騎士になるのも大変ね。ところでクリス、ルイにヴィリーを見せてあげてくれないかしら」
「分かっています。その前にルイはラフォスとアンドレの洗礼を受けるべきでしょう」
・・・・・・
「ラフォスそろそろ、準備は良いかな。お前の薙刀でルイの相手をお願いします」
ラフォスは馬の世話を終え、馬車に仕込まれていた木製薙刀を取り出す。ラフォスの身長程の柄に2尺はあろう刀身の部分は重さを出すために分厚く幅広に作られている。一対一の戦いではこの間合いは脅威である。縦横無尽に振るわれる大薙刀の前にルイは立った。
「ルイ剣を構えて飛び込みなさい」
クリスの声が飛ぶ。
規則性を見つけタイミングを計って薙刀の間合いに入る。入ったと思った瞬間下からの切り上げがきた。思わず飛び退り次の斬撃に備え構える。縦、横に振られるだけでなく前後に伸び縮みする太刀筋に身動きが取れない。これではいけないと冷静さを取り戻し振り回される軌道を見つめる。薙刀の切っ先が大きく頂点に達してから後ろに回される時があるのを発見しタイミングを計る。腰を沈め一気に飛び込み着地して一歩付け入ろうとした時軽く胸を突かれて立ち止まってしまった。
「それまで。」
クリスの声が掛かる。
「ラフォスの間合いは二間はある。そこを一歩で踏み込めないなら他の手を考えるべきです。それと最後の突きは石突です。ラフォスの石突は丸い金具ですが人によっては半月型の切る石突だったり、刺す石突だったりするので長刀の刃先ばかりを見ていてはいけない。次にアンドレ」
アンドレの六尺棒の前に立ったルイは二間の間合いを取った。アンドレは左手を前に突き出し左半身で構えている。左手がひらひらと動くのに一瞬気を取られた刹那、軽く胸を突かれる。何一つできなかった。
「左手に気を取られ間合いを見誤りました。六尺は一間として二倍の距離を取れば安全と油断したのが敗因です」
クリスが淡々と告げる。
「クリス、ちょっと厳しすぎない」
クレマが弱弱しく抗議の声を掛ける。
「クレマ、クリスの親心よ。わたくしたちはそれぞれ厳しい世界に歩み出したのです。ルイが求める騎士道は武芸の上に成立するもの。ラフォスの強靭な体に支えられた長柄武器の世界。アンドレの変幻自在精妙峻厳な術の世界それらは己の徳性を熟知しその上に鍛錬されている。ルイよ。あなたは己の進む道を決めることができるでしょうか」
そうオルレアは問いかけた。
「いえ、今は何も考えられません」
「では、己の師を信じよ」
そう言って、オルレアがヴィリーの側に歩み寄る。
「ヴィリー、そろそろルイにないか見せてやって頂けないでしょうか」
ヴィリーは頷くと一度、馬車の中に戻りブリムとエプロンを外し、細長い布で包まれたものを持ち出してきた。