100 第3中隊マーチングステージ
第3中隊が入場してきた。おや?と感じた者も次の瞬間には納得する。今までの中隊は100人編成であったがこの中隊は60人編成である。ドラムチームもついていない。身長も体格もバラバラである。第一大隊の偉容には程遠かった。略礼装でリボンやスカーフの代わりに目立つ黄土色ベレー帽をかぶっていた。足並み手の振り顎の上げ角を揃えた行進は練度の高さを感じさせる。
敬礼ラインに先頭が掛かると先着の無帽だったドラムチームがいつの間にかオーカーベレーを被って前に出る。スネアドラムのコールサインで全体が停止、5連のマルチタムがファンファーレの如くステージの開幕を告げる。スネア、テナー、バス、シンバルが演奏を開始、次のカウントで60人が一斉に動きだす。
「クレマ大尉、解説しろ」
シソ中佐が低く唸るように聞いてくる。
「解説も何も見て頂ければ・・・御覧のとおりでございます」
「ございマスだと、何をどうすればこんな緻密で複雑な行進が出来るのだ」
「いえ、それほど複雑ではございません」
「何処がだ」
「基本回転は1/4回転と1/2回転しかございません」
「ございませんとはよくも、いけしゃあしゃあと」
「1/4回転が連続4回転で元に戻ります」
「言われんでもわかるわ。」
「それに前進は2歩、4歩、8歩、16歩です。途中でV字編隊交差がありますがそれは特別に32歩です。」
「・・・・」
「つまり、回転2×右左で4つですね。これに4つの歩数型を組み合わせると2×2×4ですから16パターンが出来ます」
「・・・・」
「それで、それを60人に振り分けてですね。様々なフォーメーションが4小節ごとに出現するようにプログラムを組むわけですよ。それを16小節でひとまとまりのコーラスとして、A,B,C,Dと4コーラスで2分08秒冒頭のドラムアンサンブルで8秒残りは敬礼をどれだけ引っ張るか分からなかったので14秒計上して〆て2分30秒のドリルステージです。」
「誰が秒単位の計算をしろと言った」
「ベイユですああ~見てください。奇麗でしょ。素敵でしょ。前後からV字の編隊が中央で交差する演技、これを入れてくれと懇願したのは私です」
「誰が自慢していいと言った」
「ベイユが計算のやり直しだ~、60人の動きをシンクロさせるプログラムがどれ程大変だとおもうのだ~って怒りだしちゃって大変でした。あんなベイユ初めて見ました」
「ベイユの話は分かった。それで貴様は・・」
「中佐殿、ソシ中佐」
「なんだマリー少尉」
「連隊長がお呼びのようです」
連隊長の様子を見てソシ中佐が式台に上り連隊長の耳打ちを聞きドリルの様子を見る。
カラーガードが要所要所にドリル演技の位置目印として立っているが、そこで何やら意味ありげな紅白の旗を振っている。
その様子を見たソシ中佐が飛んで帰ってクレマにつかみ掛かる。
「貴様、あの手旗信号何処で手に入れた」
「連隊の資料室に古い通信兵教本があったので」
「それで何と信号しているのか分かっているのだな」
「はい?もちろんです。私が指導しましたので」
「あんな敵に丸見えの信号通信、使わなくなって久しいぞ」
「使いましょうよ中佐。最前線ならいざ知らず後方の連絡には便利ですし、それにほらみんな可愛いでしょ」
「可愛い?・・貴様の言う事にも一理あるが、連隊長が懐かしがって返信をしたいと」
「はあ」
「貴様、何とかしろ!」
クレマが座席を飛び越えて連隊長の横に並ぶ。
「連隊長。何と返信しましょうか?」
「そうさな、ユニホーム、ウヰスキーはどうじゃ」
「2字信号ですね。大丈夫です。少なくともドラムメジャーには伝わります」
クレマは礼服の下に隠し持っていた黄土色ベレー帽を取り出し左手に、かぶっていた鳶色ベレー帽を右手に2字信号を送る。
ドラムメジャーが指揮棒を放り上げると指揮杖はクルクルと回転して落ちてくる。ドラムメジャーはその場でくるっと一回転して指揮杖をキャッチ、トントンツーの二指敬礼を式台に向けて飛ばす。
クレマがそれに合わせて黄土色ベレー帽を被り答礼する。
「連隊長、ドラムメジャーが喜んでいます」