10 初めての審体操
明り取りの窓から横に走る光が西の壁を照らしていた。床にはまだ陽が当たらないが光の残余が顔を識別させてくれる。燈火はとっくに消されていた。
「アーサ審体操を行じます。アーサ派の体操で身体を審らかにする目的で行います。身体を壮健、強化、強靭にする課業は他にございますが、そういった課業の前にその身体を丁寧に理解し自身の身体に対する理解を深めるのです。今は見様見真似で行って結構ですが、いずれ勉強する解剖学・生理学を頭だけの理解にするのではなく実際に存在するものとして理解する準備でもあり、呼吸法が進むとプラーナ気の操作を具現化するイメージの基礎となるものです。ゆっくりと確実に自分の物としてしください。」
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「それでは立ちあがり、毛布の短辺を二つ折りにします。正面に織り山を向けて横長になるように床に敷き、自分の毛布の中央に正面を向いて立ちましょう。例題として右の肘について審らかにします。掌を上に向けながら前方に右腕を伸ばします。右手の指の腹が肩に乗る様に肘を曲げます。その時上腕二頭筋つまり腕の力こぶが作られます。左の掌を腕に当てて感じてみましょう。・・・何回か自分で確認しましたね。もう一度左の手は外して、右の肘の曲げ伸ばしをしてみます。その時上腕二頭筋の動き、力こぶの動きを感じるようにして見ます。・・・何回かやってみましたね。肘を曲げる時上腕二頭筋が働いている感じがしたと思います。では曲げた肘を伸ばすときはどうでしょうか。答えを先に言いますが二の腕の外側つまり上腕二頭筋の反対側の上腕三頭筋が働きます。本当かどうか自分で自分の身体を調べてみてください。・・・・どうでしたか。触りながら動かすと良く判るでしょう。では暫く自分の知っている関節の名前を思い出しながら関節を様々に動かしてみて身体がどう動くのかを探求してください。」
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「立ちっぱなしで少し疲れたと思いますので長座で休みます。毛布を長く使って東に向かって足を延ばし、手を後ろについて休みます。」
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「では、体を起こし長座のつま先を伸ばしたり曲げたりして身体の探求を行ってみましょう。つま先が終わったら足首、膝、股関節を動かします。必要なら手で片足を持っていろいろ探求を工夫しても構いません。どうぞ」
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「どうですか、改めて自分の脚、膝、足、足指を丁寧に調べてみて何か分かりましたか。・・・では少し疲れましたね。頭を東に向けて仰向けに横になります。全身の力を抜いて床に身体を預けます。脱力して床に溶け込むように身体を緩めます。床を感じたり、骨を感じたり、筋肉を感じたり、内臓を感じるかもしれません。暫く、脱力を続けましょう。」
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「それでは、皆さん身体を起して正面に向かって端座します。暫くですの自分の座りやすい座法で構いません。まだ、寝ている人がいても起こさないで下さい。その人には睡眠が必要なのですから構いません。
今日は一番わかりやすい方法で調べてみました。よく覚えておいて下さい。この3か月の間にどんどん身体は変わっていくと思います。それでは今日はここまでとしましょう。」
中隊長が見所の前に立ち
「この後、7時より楽走を行う。第2小隊から第5小隊は荷物を片付け体操服で正面玄関前に集合。第1小隊はこの場に残れ。では、導師に立礼を行う、起立。礼。解散」
小隊ごとに練兵館から学生たちが去った。第1小隊長が残された第1小隊に命令した。
「昨日の説明通り、第1小隊は7時より牛馬労を行い。10時までには第2、第3小隊が朝食を取れるよう準備すること。なお、この後7時に1-01番と1-06番の学生は略礼装にて中隊長室に出頭せよ。以上」