7、王子の危機
「ふう…、」
リュアンは与えられている部屋に戻ると、小さくため息を吐いて、付けていた指輪を外した。
すると、みるみるうちに、金の髪は深い夜色へ、緑の瞳は藍色へ、顔の形も、より端正なものへと変化していった。
変化の指輪、持ち主を、付けている間は変化させることのできる、魔法アイテムだった。
「シェリアは、元気そうだったな…、」
金髪の青年、リュアンとしてシェリアの前に現れていたのは、リューエイ王子その人だった。
リューエイ王子は、特別なルートから手に入れた変化の指輪をポケットに仕舞う。
この指輪は、一定時間好きな姿に変われるという、とても優れた魔法アイテムだったけれど、変化を終えて外した後は、一定時間魔法が使えなくなるという制約があった。
「ついに隙を見つけたよ。」
なので、油断は禁物のはずだった。
けれど、先ほど会ったシェリアのことを考えていたリューエイ王子には、一瞬の隙が生まれていた。
その隙を、どこかに隠れていた暗殺者に突かれたのだ。
「うっ…!」
飛んで来たのは、毒を塗られたクナイだった。
咄嗟に避けようとしたけれど、間に合わず、魔力障壁さえ出せず、クナイはリューエイ王子の庇った腕を傷付けた。
「誰だっ…!」
大声を出したため、リューエイ王子の護衛の騎士が駆けつけた。
「あーあ、邪魔が入っちゃったか、でもその毒は掠っただけでも致死量だから、御愁傷様。」
暗殺者はそう言い残すと、サッとどこかに逃げてしまった。
「王子!リューエイ王子様!!」
騎士は慌ててリューエイ王子を抱き起こしたけれど、王子はすでに言葉もなく倒れた後だった。
リューエイ王子が暗殺者の毒にやられた。
その報告は、すぐにヴァンクリーフ家に届いた。
視察先の邸宅で、視察に来た王子が暗殺されるなど、ヴァンクリーフ家としては大失態である。
「なんとかして、王子を助けろ!」
ヴァンクリーフ辺境伯は、国中の医者に声をかけた。
その話は、シェリアの耳にも届いた。
高名な医者が集まる中、シェリアも手作りの毒消しと回復薬を持って駆けつけた。
「この毒は、並みの解毒薬では効き目がありません!」
毒に侵された王子の命は、刻一刻と消えかけている。
「どうかこの薬を使ってください!」
シェリアは自作の薬を王子に与えた。最近の朝露を含んだ薬草で作った最高傑作の毒消しだった。
「ふ…、」
シェリアの薬で、王子の体を蝕んでいた毒が、ゆっくりと解毒されはじめた。
「効き目があるぞ!」
「助かったか!?」
「後は王子の生命力次第です。」
毒消しは効いた。回復薬も使う。それでも、効く毒消しを使うまでの時間が長かった。
このまま王子が回復するかどうかは、王子自身の気力と体力によるところが大きかった。
「リューエイ王子…、」
シェリアは回復薬と、追加の毒消しを調合しながら、リューエイ王子に与え、眠ったままの王子を必死で看病した。
「どうか、死なないでくださいっ…!」
こんな風に命を狙われるなんて、一年前は起こらなかったはずだった。
もしもこんな形でリューエイ王子が死んでしまったらと思うと、怖くて仕方がない。
何かを探すように動いたリューエイ王子の手を握ると、強く握り返された。
その手を包むように握ると、リューエイ王子の表情が、少し柔らかくなった。
そのまま、献身的に看病を続け、三日目の朝、ついにリューエイ王子は目を覚ました。
「シェリア…?」
傍らで、リューエイ王子と手を繋いだまま、ベッドに倒れるように眠っているシェリアを見て、リューエイ王子は微笑んだ。
「ありがとう、そなたが助けてくれたのだな…、」
寝ているシェリアの髪を、リューエイ王子が優しく撫でる。
「リューエイ王子…?」
その感触に、眠っていたシェリアも目を覚ました。
「気が付かれたのですね!」
シェリアは起きているリューエイ王子に気がつくと、喜びの声を上げた。
「すまない、心配をかけた。」
シェリアを見るリューエイ王子の顔は、まるで時間が戻る前の時のように優しかった。
「そんな、もったいないお言葉です…、」
生きて話してくれるリューエイ王子を見られるだけで、シェリアは胸がいっぱいになっていた。
「あーあ、どうして生き返らせちゃうの?また殺さなくちゃいけないじゃん。」
声と共に、天井から一人の少年が顔を出した。
「お前はっ…!」
その声は、リューエイ王子に毒入りクナイを投げつけた犯人と同じものだった。
「お姉さんのことは殺したくなかったけど、仕方ないよね、王子なんかのこと助けちゃうし、二人共殺すしかないかなぁ?」
少年は紅い魔眼を怪しく光らせた。その両手には、何本もの毒入りクナイが握られている。
「あなたは…?」
銀の髪に、紅い瞳、黒づくめの格好は、どこかに見覚えがあるようで、けれどシェリアは思い出せなかった。
「ああ、忘却魔法って寂しいね、俺のこと急に思い出して欲しくなっちゃった。」
少年は、シェリアの額に手をかざし、忘却魔法を解除することにしたのだった。