6、草原の出会い
シェリアはいつものように、早朝の薬草摘みに出掛けていた。
始めはリューエイ王子を避けるために始めた早朝の薬草摘みだったけれど、朝露に濡れた薬草の状態は、今までの中で一番素晴らしかった。
こんなことなら、この先もずっと薬草摘みは早朝にした方が良いかもしれないと思う。
普段ならなかなか見つけられないような、珍しい薬草も今日は手に入れることができたので、シェリアは上機嫌だった。
あらかた薬草を仕入れて、さてそろそろ帰ろうかと思って顔を上げた時、近くに誰かが立っているのに気が付いた。
金の髪に緑の瞳をした青年は、初めて見る顔だった。
もしかしたら、リューエイ王子の付き添いの騎士かもしれなかった。
それだけ、その青年からは気品が溢れていた。
「薬草を摘んでいるのか?」
青年は、こちらに声を掛けてきた。
「はい、左様でございます。」
なんとなく、自分より身分の高い相手のような気がして、シェリアは敬語で答えた。
「誰か、具合の悪い者でもいるのか?」
「いいえ、私が薬作りが趣味なだけでございます。」
青年の問いかけに、確かに一般では、朝から薬草摘みなどしていれば、緊急で薬草が必要なのかと思われるのかもしれないな、とシェリアは思った。
「では、そなたも特に悪いところはないのだな。」
「はい、いたって健康にございます。」
シェリアの答えに、青年はホッとした顔をした。
「ならば良かった。」
急に現れて、こちらの身を案じてきた青年は、とても不思議な存在だった。
「失礼ですが、王都からいらした騎士様でいらっしゃいますか?」
時間をやり直しているはずなのに、こうも知らない顔にばかり出会うのは不思議だった。
青年の素性が知りたくて、シェリアは問いかけた。
「私はヴァンクリーフ家の末娘、シェリアでございます。見ての通り、薬作りが好きなだけの者です。」
「そうか…、」
名を聞くならば、こちらから名乗るのが礼儀と思い、シェリアは名乗った。
「失礼ながら、騎士様のお名前をお伺いしても…?」
再度の問いかけに、青年が重い口を開く。
「リュ…、」
「リュ…?」
「リュアン…、だ。」
「リュアン様…。」
改めて、記憶にない名前だと思う。
「リュアン様は、リューエイ殿下の護衛の方でいらっしゃいますか?」
「まあ…、そんなところだ。」
青年リュアンは歯切れが悪いながらも答えてくれた。
「そうなのですね…、」
きっと守秘義務があり、詳しくは話せないのだろうと思う。
それでも、今回初めて触れ合った、リューエイ王子に近い存在に、期待が膨らむ。
もしかして、リューエイ王子のことを聞けるのではないか、と。
「あの、リューエイ王子はお元気でいらっしゃいますでしょうか?」
「え…?」
私の言葉に、リュアンは驚いたように目を見開いた。
「気になるのですか?」
「ええ、まあ…、」
確かに面識がないはずの一介の姫が、わざわざ視察団の王子の近況を気にするというのも、おかしな話かもしれなかった。
「お元気では…、いますが。」
「それなら良かったです。」
リュアンのその返事に、シェリアは安心して微笑んだ。
「なんと言うか、その、お健やかでいていただけるなら、本当に嬉しいです。」
「何故そのように、気にされるのですか?」
「何故、とは…、そうですね…、」
何か良い言い訳はないだろうかと考えたけれど、あまり良い理由は見つからなかった。
「お慕い申し上げているのです、勝手に。もちろん、遠くから拝見しただけではあるのですが…、」
仕方ないので、王都の王子に憧れる田舎娘だとでも思って貰おうと思ったのだけど、
「え…?」
予想に反して、リュアンが耳まで真っ赤になって押し黙ってしまった。
「リュアン様…?」
何故この青年が赤くなるのか、シェリアにはまるでわからなかった。
もしかして、恋バナ全般に慣れていない程ウブなのだろうか?この顔で?
顔だけ見れば、百戦錬磨にも見える美男子が、たったこれだけで真っ赤になるのは、いかにも不自然だった。
「私は、用を思い出したので、帰る。」
リュアンは、赤い顔を隠そうとするように、慌ててその場を立ち去った。
「おかしな方…、」
不思議に思いながらも、シェリアはその背中を見送った。
(また、お会いできるかしら…?)
もしもまたお会いできて、リューエイ王子の近況を聞くことができたなら、それはとても嬉しいと思った。
関わってはいけない、そう思いながら、どうか自分のいないところで、幸せに暮らしてくれていればと思う。
(どうか、お幸せに…、)
自分勝手と知りながらも、シェリアは草原の先の登ってきた朝日に向かって、王子の無事と幸せを心から祈ったのだった。