4、全ての言葉を飲み込んで
シェリアの髪は、目立つ星銀色をしている。星銀の髪に紫紺の瞳、それがヴァンクリーフ家で魔力を持つ者の特徴だった。
星銀色の髪は、夜目にも目立つ。
リューエイ王子に出会わないように、髪にスカーフを巻いた私は、早朝のまだ暗いうちに、城の裏の草原にある薬草を採りに出掛けていた。
リューエイ王子は城内ではなく、城下にある邸宅に宿泊している。
普通にしていれば出会う確率は低いけれど、それでも日中に城下を出歩くのは危険だった。
リューエイ王子が滞在している二ヶ月の間、部屋にひたすら籠って薬作りに没頭するとしても、途中で必ず材料の薬草が足りなくなる。
薬草はやはり自分の目で選んで採取したいため、シェリアはこうして、まだ薄暗く、出歩く人もいない早朝の時間に、草原に出ていた。
そうして集めた薬草を、あるいは干し、あるいは煎じて、シェリアは様々な薬を作るのが好きだった。
痛み止め、化膿止め、腹くだしの薬、咳止め、風邪薬、色々と調合して作るのはとても楽しく、シェリアの部屋は立派な調剤室のようになっていた。
シェリアの部屋の窓はバルコニーになっていて、そこの上には綱を渡し、天日干しが必要な薬草は、毎日そこに干されていた。
日光に当てると良いもの、月光に当てると良いもの、数日間干すと良いものなど、薬草と効果によって違いが出るので、細かく区分して管理している。
部屋に戻ったシェリアは、月光に当てると良い薬草を部屋に仕舞い、代わりに朝の光にだけ当てると良い、回復の薬草をバルコニーに出す作業を始めた。
可愛い薬草を立派な薬にするために、丹精を込めてお世話をする。シェリアはこの作業がとても好きで、始めると薬草しか目に入らないくらいに没頭した。
だから、気が付かなかった。
バルコニーの下に、誰かが近付いていたことに。
先ほど摘んだばかりの薬草達も並べ終わって、ようやく一息吐いた時、シェリアはようやく気が付いた。
木の影から、誰かがジッとこちらを見つめていたことに。
その人は、驚く程気配を殺していた。
夜色の髪に、藍色の瞳、そして金色に輝く竜眼。
忘れもしない、愛しかった人の姿。
「リューエイ王子……、」
会いたくて、一番会いたくなかった人。
リューエイ王子は、たった一人で木の影に隠れ、こちらを静かに見つめていた。
(何故……?)
リューエイ王子は、まだシェリアとは出会う前のはずだった。
私のことは、まだ知らないはず。何も特別な感情は持たれていないはずだった。
(それとも、まさか……、記憶が、ある……?)
まさかリューエイ王子に、時間が戻る前の記憶があったなら……、
心臓が痛いぐらいに高鳴った。口の中が乾く。
「あ………、」
何を言って良いかも分からないまま口を開いても、言葉など出てくるわけもなかった。
「………っ!」
その時、リューエイ王子は突然、まるで親の敵でも見るかのような目付きで、こちらを睨んだ。
「え……?」
それは、初めて見るリューエイ王子の表情だった。
驚くほど、怒ったような怖い顔を見せてから、リューエイ王子は踵を返して、その場から離れて行ってしまった。
(やっぱり…、覚えているの…?)
そう思わなければ、今のリューエイ王子の行動は説明が付かなかった。
シェリアのことを覚えているから、わざわざ会いに来て、そして、裏切られたことを覚えているから、怒りに満ちた目で睨んできた。
そう考えれば、全て説明が付いた。
(もしも、リューエイ王子が覚えていたとしたら…、)
もしも、あの時のことを謝ることができたなら、という気持ちが持ち上がり、そしてすぐに打ち消した。
もしもリューエイ王子が覚えていたとしても、先ほどの様子なら、シェリアをすでに嫌っているのは間違いがなかった。
そうであるならば、下手に言い訳などはしないで、このまま嫌われたままでいた方が良いのではないかと思う。
嫌われたままであれば、二度と近付くこともないだろうし、そうすれば、同じことを繰り返さずに済むだろう。
再び愛し合うことも、再び嫌われることもなく、ただ嫌われたままの状態で……、
そこまで考えた時、自然と涙が溢れていた。
こうなることは、覚悟していたはずだと言うのに。
私に、泣く資格などないと言うのに。
本当は、本当に、愛していました、と。
それはもう二度と伝えてはいけない言葉だった。
だから私は、嗚咽を抑えて、全ての言葉を飲み込んだのだった。