2、言えなかった理由
「リューエイ王子…。」
その名前を聞いた私は、咄嗟に顔を上げた。
「シェリア、どうかしたの?」
私の様子に、母は何かを勘づいたようだった。
「実は……。」
私は、時間を遡る前に、リューエイ王子と婚約をしたこと、そしてその婚約を破棄して、隣国に嫁ごうとした時に、殺されたことを母に話した。
「まあ……。」
私の話を、母は目を丸くして聞いていた。
「そんなことがあったのね…、」
「お母様は、私の話を信じてくださるのですね…。」
我ながら突拍子もない話だと思うのだけど、私の話を聞く母は冷静だった。
「家の家系にも、時間遡行できる者はいないけれど、でも必ずしもあり得ない魔法ではないわ。それに、あなたは本当のことを言っている、目を見れば分かるわ、私の娘のことですもの。」
「お母様…!」
母の存在の頼もしさに、私は再び涙ぐんだ。
「それにしても、どうしてシェリアはリューエイ王子様との婚約を破棄したの?王子様に何か気に入らないところがあったの?」
「いいえ、リューエイ王子に悪いところなんて、何一つありませんでした。全てにおいて、素晴らしい方でいらっしゃいました。」
「では、どうして…?」
「それは……、」
その理由は、確かあの時も母に相談をし、そして婚約破棄を両親が許すに至ったものだった。
「『私』が、『リューエイ王子』と結婚をすると、それが王子の災いとなるかもしれないからです…。」
「災い……。」
私の言葉に、母の顔は一気に曇った。
「リューエイ王子は、『竜眼』をお持ちでいらっしゃるの?」
「はい、リューエイ王子は、左目のみが金色の『竜眼』でいらっしゃいます。」
「そうだったの……。」
チェスカ王家には、稀に『竜眼』と呼ばれる、竜の力を宿した瞳を持つ者が生まれることがあった。
『竜眼』はそれ自体が力を持ち、王の資質でもある。
けれど、その『竜眼』を持つ者が、ヴァンクリーフ家のような『魔力』を持つ者と結ばれた時、稀に『魔眼』を持つ者が生まれることがあった。
そして、過去にその『魔眼』を持った者が、王家に災いをもたらしたことがあったのだ。
この事実は、王家により揉み消されており、ごく一部の者にしか知られていない過去である。
現に私は、王子との婚約を望んだ時には、そんな話は知らなかった。
知ったのは、ある人物にそれを教えて貰ってからだった。
私の両親は、その過去を知っていた。けれど、私とリューエイ王子が真に愛しあっているのを見て、渋々婚約を許してくれたのだ。
過去の事例は、必ずしも繰り返すとは限らない、と。
けれど、そのことを知った私は婚約を破棄することを望んだ。
リューエイ王子の災いになるかもしれないと知っては、とてもそのまま結婚することなどできなかった。
けれど、結果として私は死ぬこととなり、悲しい結果を招いた。
あの時どうするのが正解であったのかと考えると、最初から、出会わないでいるのが一番良かったのではないかと思う。
あなたを不幸にすると知っていたなら、最初から出会わないままでいれば良かった、と。
そして今、私はまだリューエイ王子と出会う前の私に戻った。
望み通りに。
このままリューエイ王子の視察の間、ひたすらリューエイ王子の目の届かないところに逃げ続け、出会わないまま終わらせてしまえば、きっと悲劇は繰り返さない。
リューエイ王子のモラヴァ地区視察期間は、約2ヶ月間、私はその間ひたすら身を隠していれば良いということになる。
「お母様、私はしばらくなるべく身を隠して、リューエイ王子にはお会いしないようにしたいと思います。」
末娘である私は、視察に来た王子に挨拶をしなくても、そこまで大きな問題にはならないだろう。
ちょうど体調を崩したことにでもして、部屋に引きこもってしまえば良い。
「わかりましたわ、でもシェリア、あなたは本当にそれで良いの?」
母は心配そうに首をかしげた。そんなにまで好いた相手を、本当に避けてしまって良いのか?と。
「構いません。リューエイ王子が健やかに過ごされることが一番ですので。」
私は心を決めた。
何があっても、顔は合わせないようにしよう、と。
それが無理でも、決して心は揺るがせないようにしよう、と。
大丈夫、リューエイ王子が出歩かない時間帯を狙って薬草摘みをして、それが終われば部屋に籠って薬作りに精を出せば良い。
無事にリューエイ王子をやり過ごしたなら、その後は、どこにも嫁に行かず、この国で大好きな薬作りを続けて、静かに暮らせば良いと思う。
せっかく誰かのおかげで拾った命なので、今度は無駄に散らすことのないように過ごしたかった。