10月13日 先代エビス
『──馳せ参じたまえ、エビス』
主の声が聞こえてくる。普段はこんな夜更けに呼ばないのにどうしたのだろう。
主──結城涙様の元に馳せ参じると、いつものあの養護施設だった。ぐるりと辺りを見回すと何故か飾りつけがされている。今日は何かのお祝いだったのだろうか。
「エッちゃん!」
嬉しそうに僕の名前を呼んだのは、主の知り合いのアリア様。人工半妖となった禁忌の娘、この町の希望だ。
「エッちゃんもこれ飲んで! 甘酒!」
「……は?」
意味がわからなかった。呼び出されてすぐにどうして主ではない者から甘酒を飲めと強要されるのだろう。
「エビス」
「……主」
ここに通うようになってから涙を流す頻度が低くなった主は、何故か嬉しそうに微笑んでいた。そんな主を最後に見たのはいつだっただろう。
本家の陰陽師様たちと共に過ごす時間が減ってから、そんな顔も見れなくなっていたような気がする。
「それを飲むと義兄弟です。俺は、エビスもそうであってほしいと願望です」
「きょ、きょうだいとは? どういうことですか主、お望みならば飲みますが……」
差し出された甘酒の器をアリア様から受け取った。
「ダメー!」
「ッ?!」
それを飲もうとしたら何故かアリア様に止められた。勧めたのは貴方様だったと記憶しているのに、なんなのだろうこの少女は。
「エビス、俺たちは義兄弟です」
主の視線の先には桐也様がいて、小町様がいて、亜子様がいて、乾様がいて、見知らぬ幼児と名もなき青年がいる。
「エビスを入れて、九人義兄弟です」
「…………」
主は、僕もそうであってほしいと望む──。けれどそれは命令ではなく、自分の意志で飲んでほしい。
要するにそう言いたいのだろう。口下手な主。可哀想な主。泣き虫な主。僕の、大好きなただ一人の君。
「昔は、何も主張しませんでしたよね」
「え?」
「結城家の分家だからと発言を慎んで、そのうち何も喋らなくなって、結城家の人間としてそれは不味いからって喋るようになって、でも自分の意見は絶対に言わなくて」
「え、エビス? 一体なんの話を……」
「僕、ずっとずっと心配だったんですよ」
「それは……謝罪、です」
「謝らないでください」
「っ」
そんな君が君でいられる居場所を見つけたみたいで本当に良かった。幸せそうで本当に良かった。
「飲みます。生まれた時から貴方様を見守っていたただ一人の僕として、貴方様と、貴方様が愛した人々の義兄弟になる為に」
ただ微笑む。天へ捧げたそれを飲んで。




