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百鬼戦乱舞 ―語草―  作者: 朝日菜
2012年
71/201

10月7日  朝霧愁晴

 ここがどこなのかはわからへん。今が何時なのかもわからへん。目の前のベッドで死んだように生きる男──朝霧愁晴あさぎりしゅうせいが名もなき俺のすべてやった。


「まだ死なへんの?」


 今日もまたそれを尋ねる。


「死なへんよ」


「何わろてんねん」


 気味が悪かった。時々出会うおっちゃんやおばちゃんたちは綺麗やのに、おっちゃんは窶れて今にも死にそうな見た目をしていた。それでもニコニコと笑っていた。


「知らんの? 笑うことが一番なんやぞ」


「何言うてんねん。意味わからんわ」


「人はな、笑わへんかったら死んどるのと一緒やねん。それくらいわかるやろ?」


「わからん」


「お前はいっつも不細工な面しとるからわからんやろうけど、考えてみいや。わろとったら争いは起きひん、せやからみーんな幸せやろ? 幸せは生きとるのと一緒やろ?」


「ほんまにわからん」


 強情を張っているつもりはなかった。本当にわからへんかったから。


「せやったらわかりやすく言うたるわ」


 どんな言葉に直したって人形の自分には伝わらない。諦めてたのに、朝霧愁晴は多分、諦めてへんかった。



「──ニコニコは世界を救う」



 視線を上げる。まだニコニコと笑っていた。そんなことを時々言っていて、だから自分も真似してそれを言っていて、それで。


「俺なぁ、人を助けるんが夢やったんよ」


 急に何を言い出すんやこの人は。衝撃を受けていたのだと遅れて気づいてしまったから、話にまったくついて行けない。


「せやけど、最期まで、人に助けられてばっかやったなぁ……」


「何、を」


 ピーといううるさい音が真っ白な室内に響いとった。止められへん、止め方を知らへん、戸惑っているうちに大勢の人間が入ってきておっちゃんを囲む。


「な……」


 大人たちのその素早い動きは、この時をずっと待っていたかのようやった。

 自分もこの時を待っていたはずやのに、襲いかかってきたこの感情はなんなんやろう。



 朝霧愁晴が死んだ。



 ずっと一緒におったのに、流れてしまった涙の止め方をおっちゃんは教えてくれへんかった。

 自分が干からびてしまうかと思ったが、おっちゃんが「ニコニコせえ」と言っているような気がして無理矢理笑った。


 自分は朝霧愁晴やから。こんな時でも朝霧愁晴は笑っているはずやから。


「来なさい」


 五道ごどうさんに声をかけられた。五道さんはおっちゃんに近づかず、俺からもある程度距離を取り、命令を下す。


 この瞬間に、彼の〝クローン人間〟の自分は朝霧愁晴になった。


 生まれて初めて世界を見た。

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