10月6日 雪之原吹雪
気がついた時には何もかもが手遅れだった。燃え盛る炎を呆然と眺めビルが崩れていくのを確認する。
「……ぁ」
瓦礫が落ちた瞬間に我に返った。あの中にはまだ、息子がいる──。
「伊吹!」
駆け出した瞬間に腕を掴まれた。
「雪之原様! 行ってはなりません!」
「離して! まだ中に子供がいるの!」
ベビーシッターが急病で家に来られなくなって、仕方がなく職場に連れてきた息子を近くのソファに寝かせていた。離席している間に火災が発生し、気づいた時には部下たちに無理矢理外に押し出されていた。
息子はまだ、外に出ていない。誰も彼のことを気にかけることができないくらいに、このビルは一瞬にして業火に包まれていた。
「いやぁぁぁあっ!」
息子がいない世界なんて耐えられない。
「助けてくださいっ!」
誰か、と願った。いや、私が。なのに腕を掴む手は私のことを死んでも離さない。
私が雪之原家の女だからだろうか。そんな地位はいらないから。私は母親だから、行かせてほしい。全力の抵抗は無駄に終わった。
「助けてください! まだ子供が中に!」
ただ叫ぶ。諦めることなんてできなかった。
「誰か、誰か助けて!」
「おい、あんた! 危ねぇよ!」
聞こえてきた声は知らない人の声だった。部下たちだけではなく、この地区の住人たちも続々とこの場に集ってきていた証拠だった。
なのに誰も助けてくれない。ならばやはり、この手を離して行かせてほしい。
いつまで経っても、私は部下の手を振り解けない無力な女だった。
「離しなさい! 私がっ、私が息子を助け……」
「おばちゃん」
そんな私に声をかけたのは、金色の髪が綺麗な女の子だった。
「私たちがその子を助けるから、おばちゃんはここで待ってて!」
「え……?」
「おい! 何言ってんだ、君たちまだ子供だろ?! ここは猫鷺家の救助を待ってた方が……」
「外野は黙ってろ! ここは雑居ビル地区だろ?! 猫鷺家が間に合うって本気で思ってんのかよ!」
混乱する。
「おばちゃん、私たちを……信じて」
けれど、そう言った女の子のことを何故だかすんなりと信じてしまった。
「……よろしく、お願いします……」
女の子の隣にいる女の子は、きっと相豆院家の子。そんな二人が助けると言っているのだから、もう二人に託すしかない。
任せてと、そう言った女の子は本当に息子を救って帰ってきた。
間違いない。あの二人は、人間ではない。半妖でもないはずだ。そんな存在を生み出せるのは綿之瀬家だけだと知っていた。




