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百鬼戦乱舞 ―語草―  作者: 朝日菜
2012年
70/201

10月6日  雪之原吹雪

 気がついた時には何もかもが手遅れだった。燃え盛る炎を呆然と眺めビルが崩れていくのを確認する。


「……ぁ」


 瓦礫が落ちた瞬間に我に返った。あの中にはまだ、息子がいる──。



伊吹いぶき!」



 駆け出した瞬間に腕を掴まれた。


雪之原ゆきのばら様! 行ってはなりません!」


「離して! まだ中に子供がいるの!」


 ベビーシッターが急病で家に来られなくなって、仕方がなく職場に連れてきた息子を近くのソファに寝かせていた。離席している間に火災が発生し、気づいた時には部下たちに無理矢理外に押し出されていた。

 息子はまだ、外に出ていない。誰も彼のことを気にかけることができないくらいに、このビルは一瞬にして業火に包まれていた。


「いやぁぁぁあっ!」


 息子がいない世界なんて耐えられない。


「助けてくださいっ!」


 誰か、と願った。いや、私が。なのに腕を掴む手は私のことを死んでも離さない。

 私が雪之原家の女だからだろうか。そんな地位はいらないから。私は母親だから、行かせてほしい。全力の抵抗は無駄に終わった。


「助けてください! まだ子供が中に!」


 ただ叫ぶ。諦めることなんてできなかった。


「誰か、誰か助けて!」


「おい、あんた! 危ねぇよ!」


 聞こえてきた声は知らない人の声だった。部下たちだけではなく、この地区の住人たちも続々とこの場に集ってきていた証拠だった。


 なのに誰も助けてくれない。ならばやはり、この手を離して行かせてほしい。


 いつまで経っても、私は部下の手を振り解けない無力な女だった。


「離しなさい! 私がっ、私が息子を助け……」


「おばちゃん」


 そんな私に声をかけたのは、金色の髪が綺麗な女の子だった。


「私たちがその子を助けるから、おばちゃんはここで待ってて!」


「え……?」


「おい! 何言ってんだ、君たちまだ子供だろ?! ここは猫鷺ねこさぎ家の救助を待ってた方が……」


「外野は黙ってろ! ここは雑居ビル地区だろ?! 猫鷺家が間に合うって本気で思ってんのかよ!」


 混乱する。


「おばちゃん、私たちを……信じて」


 けれど、そう言った女の子のことを何故だかすんなりと信じてしまった。


「……よろしく、お願いします……」


 女の子の隣にいる女の子は、きっと相豆院そうまいん家の子。そんな二人が助けると言っているのだから、もう二人に託すしかない。


 任せてと、そう言った女の子は本当に息子を救って帰ってきた。


 間違いない。あの二人は、人間ではない。半妖でもないはずだ。そんな存在を生み出せるのは綿之瀬わたのせ家だけだと知っていた。

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