10月3日 南雲朔那
まだ家に帰りたくなかった。近所の公園のブランコに座ってただ時が過ぎ去るのを待っている毎日だった。
秋が来て、冬が来ても、そうしていた。寒いという感情は小学校に入学した五年前に忘れてしまった。
「あっ、ついたぁー!」
錆びれた公園に明るい声が響く。顔を上げると、遊具に向かって走った同い年くらいの女が躓いて転けた。慌てて駆けつけてきた別の女がそいつを起こし、何やら叱っている声が聞こえてくる。
ここに普通の子供が来たことはこの五年で一度もなかった。なのに普通の子供よりも品がありそうな──それでいて仲が良さそうだから、なんだか無性に腹が立った。
「だっせっ」
俺の声に二人が顔を上げる。
「誰だよ、あんた」
「は? なんで名乗んなきゃいけないワケ?」
ムカつく。嫌いだ。どっか行け。
「チッ、めんどくせぇヤツだな」
「……そうだ! ねぇ、君も遊ぼーよ! 私は有愛!」
なのに、転けた方の女がそう言った。女はにぱっと笑って、敵意を剥き出しにしていた俺の方に近づいてきた。
「君の名前は?」
そんな風に、俺個人をちゃんと見てくれた人は──初めてだった。
「……南雲、朔那」
思わず名乗ってしまう。この女に自分のことを認めてほしい、そんな気持ちが溢れ出てきた結果だった。
「名乗るのかよ」
「チッ、うるせぇな。てめぇは誰だよ」
「乾」
誰かの名前を知りたいと思って尋ねたのも、初めてだった。だからすぐにそっぽを向いた。
「ねぇ! さっくんは何をしてたの?」
「ッ?! さっ、くん……?」
そう呼ばれたことが衝撃的だった。乾は鼻で笑って、「かわいいあだ名だな、南雲」と揶揄った。
「はぁっ!? なんなんだよ、お前ら!」
意味がわからない。腹立たしいという感情も消え去っていた。
「ふんっ。あんたこそなんなの?」
「ちょっ、ケンカはダメ! そんなことよりも一緒に遊ぼうよ!」
「アリア、遊びに来たわけじゃないでしょ?」
「あう?! ……うぅ、ごめんなさい」
乾の方も腹立たしいという感情を見せていない。なのにアリアは必要以上に落ち込んでいるように見えて、俺と乾は今、同じ感情を共有したように思えた。
「…………一回だけだぞ」
「…………遊んであげる」
そう発言したのも、ほとんど同時だったと思う。
「ほんとっ? やったぁ! さっくん、ヌイ、大好きっ!」
アリアが弾けるような笑顔を見せてきた。会ったばかりでお互いのことそんなに知らないのに、そんな笑顔が見たくてあんな台詞を吐いたことに遅れて気がついた。




