9月28日 綿之瀬小町
日が沈み、灯りがないこの辺りは真っ暗になる。それでも、私には動く人影が見えていた。
「亜子!」
坂道を登って施設にやって来た亜子は、盛大に息を吐いて駄々をこねる。
「小町ー! 無理でーすよぅ! 疲れたでーすよぅ!」
「吠えないの! すぐそこじゃない!」
最小限の荷物を持って施設に引っ越してきた彼女は、私と同じ研究者。同じ大学院に通っている友人だ。
「お疲れ様」
辿り着いた彼女はその場に倒れ、ここまで頑張ってやって来た自分を褒める。私も彼女を褒めた。急に引っ越しが決まって親を説得し、荷物を纏めて町の端から端まで来たのだから。
「亜子とあの子の部屋は私が作っておいたから、そこでもう休みなさい。……まぁ、明日は早朝から働かせるけれど」
「えぇっ?! 酷いでーすよぅ! 私早速社畜でーすかぁ?!」
「そうよ。もう準備は整っているの、早くあの子を半妖にさせないと」
「急いでまーすねぇ」
「当たり前じゃない。千年前、百鬼夜行がある日突然訪れたように、いつ奴らが大挙として押し寄せるかわからないのよ?」
「でも、いきなり人体実験でーすかぁ?」
「いいえ。〝モルモット〟では既に試していて、すべて失敗したわ」
「ダメじゃないでーすかぁ!」
「半妖にしなければいけないのよ? 〝モルモット〟がダメなのは当然じゃない、すべては《十八名家》の血を引いた──相豆院乾がどうなるかで決まるわ」
「……でも、小町、私、怖いでーすよぅ」
亜子が怯えている気持ちもわかる。それで殺してしまったら、自分の命が持たないから。
けれど、もう、止まらない。止められない。《相鬼抗争》と名づけられた昼間の抗争で生まれた犠牲者たちは一人も無駄にはしない。
「大丈夫、理論上は可能よ」
「……でも」
「大丈夫」
「変でーすよぅ、小町。小町は根拠がないとそれ言わないじゃないでーすかぁ」
あるから言っている。
「何があっても、私はあの子を死なせない」
あの子だけは、死なせない。犠牲になった数多の〝クローン人間〟たちを想う。あの子たちの命の犠牲を絶対に無駄にはしない。
「……わかりまーしたよぅ」
亜子は渋々承知した。亜子には亜子の夢がある。だから協力してくれることになったのだから。
「すぐにコーデリアも来るわ。あの子は《十八名家》の血を引いていて──」
──それで、〝クローン人間〟だ。
「とにかく、この二人に私たちの夢を託しましょう」
二人が半妖になれたら、あの子たちは報われる。
命のバトンは、ここで終わる。




