7月30日 ビャッコ
スザクが──いや、先代スザクが生んだあの子のことを、俺はいつまで経っても忘れることができなかった。
忘れることができないから離れられない。離れられないから何をしているのか知っている。
俺はあの子が生まれたあの日からずっと、あの子のことを見守っていた。セイリュウやゲンブも俺ほどじゃないけどあの子のことを見守っていた。
だから、今日見守っていたのが俺だけで良かったと本気で思う。珠李からはぐれてしまった千里が、町役場の広場の中の、人から見えないような木の影で泣いていたからだ。
それをセイリュウとゲンブが見たら、すぐに珠李を殴るだろう。それは良くないってわかるから、俺は二人に知らせることもせずに千里を木の上から眺めていた。
「うわーん! うわぁぁん!」
ずっと千里を見守っているから、珠李がどこにいるのか俺も知らない。珠李が千里のことを大事にしているのは知っているけれど、珠李は今千里の傍にいない。
「パパー! パパぁー!」
どんなに求めても、珠李は来ない。
「……ねぇ、大丈夫?」
見ていられなくて思わず声をかけてしまった。声をかけたこともなければ姿を現したこともない。そんな俺が急に声をかけたせいで、幼い千里を驚かせてしまった。
「ッ!? だ、だれ……?」
「へっ?! え、えっと……ビャッコ」
それはすっごく当たり前の疑問だった。素直に名乗って、飛び降りて、膝を抱えて泣いていた千里の隣に腰を下ろす。
「わたしは、せんり」
「へぇ、いい名前だね!」
名前を聞かれるとは思っていなくて驚いたし、名乗られると思っていなくてそれにも驚く。けれど千里はもう驚いていなかった。いつも見ている人間とは全然違う服を来ているのに、そこに驚くことは全然なかった。
「君、迷子でしょ?」
「……うん」
「じゃあ俺がパパのところに連れて行ってあげるよ!」
「……ほんと?」
じっと俺を見上げる千里の目はラベンダー色だ。先代スザクと同じそれに見つめられると先代スザクがまだ生きているように思ってしまうし、光が強く当たると髪色がパステルピンク色にも見えてしまうから余計にそう思う。
「もちろん!」
「あ、ありがと」
手を伸ばした。握ってくれた千里の手は、千里と同い年の結希と同じくらい小さかった。
そんな手を初めて握って、歩幅を合わせて歩き出す。千里を守れるのは俺だけなんだと自覚した。珠李の前には姿を現さないって決めていたから、珠李を見つける直前まで千里の傍にいると決意した。




