10月31日 芦屋清行
産声が、間宮家の方から聞こえてきた。
「……清行」
戸口に佇んでいたオウリュウに中に入る許可を得て、おれは奥へと進んでいく。
「宗隆」
「清行! 見ろよこれ、おれの子だぞ!」
「おまえには……その子の産声が聞こえるのか」
「あぁ、聞こえる。可愛い声だ」
愛おしそうに目を細めたおれの友は、狂っている。視線を移し、曙に支えられて起き上がった紅椿を観察した。
彼女は人ではない。額から伸びる二本の角と真っ赤な瞳は、人が持つそれではない。それでも、母となった今は人間のように見えた。そう人に思わせているから、この一年で八条に侵入した妖怪が人と子を成しているのだろう。
「紅椿」
『ソノコハ……』
「おまえはこれで良かったのか」
『……ワタシハ、ソウリュウヲアイシテイル』
迷いのない眼で答えられた。聞きたいのはそんな言葉ではなかった。
「なぁ、星明は? 来てないのか?」
「人でもない。鬼にもなれない。そんな化物をあいつが見に来るわけないだろう」
「薄情だな。おれの子なのに」
「ならば妻を娶れば良かったんだ。ちゃんとした人間のをな」
曙が視界の端で唇を噛む。そんな曙の想いに気づいていたおれと星明は、宗隆と紅椿の仲を祝福することはできなかった。オウリュウも、曙も、それは同じことだった。
誰からも祝福されない赤毛の子供は、いつまでもいつまでも泣いていた。閉じられているその双眸が開かれた時、紅椿と同じ赤目がおれたちの目を見るのだろう。
「おれは紅椿を好いているんだ。紅椿がいれば充分さ」
そんな言葉が聞きたかったわけじゃない。愛おしそうに我が子を抱く宗隆が見たかったわけじゃない。
「おまえはそうだろうな。だが、今この八条で何が起こっていると思う」
「妖怪が女を襲っているんだろう? それは知っている。許されないことだ」
「奴らにそれを教えたのはおまえだ、大馬鹿者。陰陽師も次々とこの地に入ってきている。おれや星明がおまえたちを見逃しても、奴らが見逃すことはないだろう」
「その時は出ていくさ。友と別れるのは惜しいけどな」
「出ていけばいい。そこまで来ている結界から逃れられるなら」
宗隆が唇を噛んだ。愛する者を間違えた友は、赤毛の我が子を抱えたまま真っ赤に染まった空を見上げた。
「……どうして人は、そんなに惨いことができるんだろうな」
そんな言葉を漏らしていた。