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百鬼戦乱舞 ―語草―  作者: 朝日菜
2000年
32/201

10月2日  阿狐理樹

 姉様が、狐の化け物になった母様に食われた。それを目撃したのは俺が八歳の時で、食われた姉様はまだ九歳だった。

 衝撃的な光景は、見間違いではない。母様の姿に戻った化け物と目が合う。


『……ね、ねーさま、今、かあさまに……食べられてないよね?』


理樹りきぃ、お前は本当に悪い子だねぇ』


『だっ……お前は誰だ! ねーさまじゃない! かあさまでもない! お前は誰だ! 阿狐あぎつね家を乗っ取るつもりか!』


『わからないのかい? お前の祖母様で、母様で、お前の姉様だよ』


 俺は子供だったから、化け物に歯向かって。化け物が母様や姉様を真似るから、俺は化け物を全力で拒んだ。頭がおかしくなってしまいそうだった。


『どれほど泣いても、喚いても、お前のことは殺さないよ』


 母様がいない。姉様もいない阿狐家で俺はこれからどうやって生きていけばいいのだろう。そんな俺に気づいたのか、真っ先に釘を刺されてしまった。


『お前は賢い子だろう? このことを他の誰かに話したら、阿狐家がどうなるかわかるはずだ。阿狐家を守りたいなら、今日見たことは心の奥底にしまい込んで、さっさと子供を作るんだね』


 誰にも話せないのだと悟ってしまった。ずっと、あの時の化け物の言葉が心の奥底に刺さって抜けなかった。


「……っ」


 あの時から、地獄のような十年間だった。

 たった今産声を上げたのは俺の息子だ。俺の名と家の財産目当てに寄ってきた女を抱いて、孕ませ、子供を産ませて金を払って縁を切る。俺は息子を化け物に渡して阿狐家と縁を切る。


 それが正解のはずなのに、ずっとそうしたかったはずなのに、何故、涙が止まらないのだろう。これじゃあ女の腕の中で泣いている息子と同じだ。俺に父親を名乗る資格はないが、女と違って、人間の親になったという自覚も実感さえも何もなかったらしい。


「……理樹、くん」


 泣いている俺をどうしたいのか、女が俺に手を伸ばした。産んだばかりで疲れているはずなのに、自分の体のことだけを考えていればいいのに、俺の頬を優しく撫でる。


「……貴方のお家のお金が欲しい」


 知っていた。


「……貴方の子供を産んで、《十八名家じゅうはちめいか》の人間になりたい」


 だから彼女を選んだんだ。


「……でも、理樹くんがそんなに泣いちゃう家なら、私も嫌。私が幸せになれない家は嫌」


 俺は、妻も子供も幸せにできない男だから──自分だけが幸せになることを考えている彼女のことが好きだったのに。


「だから、一緒に逃げよーよ」


 彼女は俺を愛してくれた。

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