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百鬼戦乱舞 ―語草―  作者: 朝日菜
2100年
199/201

8月8日   イヌマル

『……いぬ、まる。すてら』


 あの日の出来事は今でも覚えているが、思い出したところであの日以上に苦しいと思ったことは一度もない。


『俺、じゃなくて、みんなを……』


 それが、俺の最初の主の最期の願いだった。


 あの日、俺は猿秋さるあきさんの願いを叶えることができたのだろうか。あの日──人生で初めての百鬼夜行があったあの日、俺は自分が生まれたばかりということもあって自分や自分の大切な人を守ることばかり考えていた。

 猿秋さんには申し訳ないことをしたと思う。申し訳ないと思っているのに──俺は今でも自分はそうだと思っている。俺は今でも自分や自分の大切な人のことばかりで、周りなんて全然見ていない。そんな俺なのに、周りの人たちはずっとずっと俺のことを許してくれていた。


「主……」


 ベッドの上で横たわっている主──ステラ様の両手をそっとそっと包み込む。細くて小さくて俺とは全然違う人間の手。たくさんたくさん苦労してきた女性の手。主は俺を綺麗な双眸で捉えたが、すぐに、ここではないどこかを見ているかのように逸れた。


「…………っ」


 大丈夫。あの日ほど辛くはない。苦しくない。受け入れる準備はずっとずっと前にした。


 猿秋さんが亡くなって、ジルが亡くなって、クレアが亡くなって、グロリアが亡くなって、エヴァが亡くなって、グリゴレが亡くなって、ティアナが亡くなって、レオが亡くなって、はやが亡くなった。次は主の番だって、人間は──生きている者たちはすべからく亡くなると理解したから。


「主、ありがとう」


 猿秋さんとジル以外の彼らに対してそうしたように、看取ることができるから──これはきっと素敵な別れ方だ。素敵な出逢い方をして、寿命で亡くなるまで傍にいることができたから、これは絶対に悲しい出来事ではない。


「…………ありがとう、イヌマル」


 主も俺に言葉を返した。不老の式神しきがみの俺は、ずっとずっと主を見てきた俺は、もう昔の主がどんな声だったのかもどんな姿だったのかも詳細に覚えていない。猿秋さんを亡くした悲しみを時間が流してしまったように、ステラ様を亡くした悲しみもいつか時間が流してしまう。


 それでも、出逢えて良かったと思っている。


 ステラ様と過ごしたこの八十年がこれからの俺の原点だから。その思いだけは絶対に絶対に忘れないから。猿秋さんやみんなとの出逢いは意味のある出逢いだから。


「ニコラ、行こう」


 俺は、同じく不老のニコラと共にこれからも誰かに出逢い続ける。

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