3月14日 南雲菫
朔那にとって、私は素晴らしい母親ではなかった。朔那にとっては、朔那のお父さんも素晴らしい父親ではなかった。
私たちは最初から素晴らしくない両親になろうと思っていたわけではない。朔那のことは大切に育てていこうと思っていた。けれど、元々体が弱かったお父さんが大きな病気になって入院してしまったから──私は朔那を一番に考えることができなかった。
大切な物は、私たちを生かしてくれるお金といつ死んでしまうのかわからないお父さん。お金を稼げないどころかたくさんお金がかかってしまって、すぐに死んでしまうこともない朔那はどうしても限りある大切な物の中には入らなくて。借金をしてしまって、朔那を悪い人たちところで働かせてしまった以上、朔那が二十歳になっても家に帰ってきてくれないのは仕方のないことだと思った。
大人になった朔那には、私のことを考えずにこれからを生きてほしい。そう、願っていたのに。
「朔那……?」
なんでもない──強いて言うならホワイトデーの夜中に不意に帰ってきた息子を見て私は息を止める。朔那の隣には、朔那の幼馴染みのアリア様がいた。
「ど、どうしたの突然」
帰ってきてくれて嬉しいと思う。けれど、本当に何もない日だったから何かあったのかと思って恐怖する。
「母さん」
そう呼ばれる資格なんてないのに、朔那は今でもそう呼んでくれていて。
「俺たち結婚するから」
朔那にとってはとても大切なことも報告してくれる。
「っ」
嬉しくて、とめどなく涙が溢れてきた。朔那が誰かと家族になろうとする道を選んでくれるなんて思っていなかったから。
「わかると思うけど、俺、綿之瀬家の人間になるから」
アリア様は綿之瀬家の本家に近い方だから、南雲家に嫁入りすることはない。朔那が綿之瀬家に婿入りするのだ。
「お母さん、ごめんなさい。私、南雲家の人にはなれないけれど──綿之瀬家だけど、それでも朔那さんと一緒になりたいんです。朔那さんをお婿さんにください」
彼女がこんな私に頭を下げた。違う、私は嬉しくて泣いているの。私は朔那を上手に育てることができなかった、なのに《十八名家》の人が朔那を選んでくれたから──朔那の人生で無駄なことは一つもなかったのだと安心したのだ。
それで私が朔那にしたことがすべてなかったことになるわけではない。それはそれで一生背負っていく。
「おめでとう朔那……!」
孫に会わせてもらえなくても構わない。朔那が幸せならばそれでいい。