2月18日 妖目一玻
陽陰町に地震が発生した後、巨大な鬼が町にやって来て町を破壊する。姉様に電話でそう伝えたのは、サトリの人工半妖の乾だった。
姉様や明彦を含めた妖目家の人間全員が妖目総合病院にいる患者を避難させようとしている。そんな中で私が姉様に託されたのは、当代の《伝説の巫女》で私の姪で姉様の娘の明日菜だった。
「明日菜!」
明日菜が入院している半妖専用の階まで行こうとしたけれど、明日菜は既に下りてきていた。隣に立っている涙が階下まで連れて来たらしい。刀を二振り持っている彼と彼の式神は、鬼と戦うつもりでいた。
「叔母さん!」
明日菜はそんな涙の後ろに隠れ、嫌だと暗に告げてくる。
「絶対に逃げないから! 〝私〟も戦うから!」
明日菜の意思は、今まで見たことがないと感じるほどに強かった。一ヶ月ほど前まで妖怪や御役目と無縁の生活を送っていたのに、何故彼女は躊躇うことなく戦うと言うのだろう。
いや、明日菜が時々妖目家に連れて来たのは六年前にこの町を救った英雄の結希と土地神様の風丸だ。二人は絶対に最前線で戦うはずで、それを知っていながら逃げるような女は──もう二度と大切な男の手を離したくないと願うこの妖目家にはいなかった。
「っ、涙! 貴方これからどこに行く気なの?!」
「町役場です」
「ならついて来て! 妖目家の蔵に寄ってほしいの!」
町役場ならば妖目総合病院の近くにある蔵に寄る余裕はあるだろう。涙は「一玻さん、まさか明日菜を?!」と驚くが、私は姪を戦地に送ることがそんなにおかしいことだとは思わない。
「私たちは《伝説の巫女》としてこの世界に生まれてきたの! 御役目はわかるでしょう、明日菜!」
いや、私が先代の《伝説の巫女》で、明日菜が当代の《伝説の巫女》だからそう思うのだろうか。
「はい!」
力強く頷いた明日菜が涙と涙の式神を引っ張りながらついて来る。蔵に辿り着いた瞬間に私が引っ張り出したのは、最も手前に置かれた桐箱だった。
「それは……」
「着て行きなさい」
何百年も前から妖目家の《伝説の巫女》が受け継いでいる巫女装束は、きっと明日菜を助けてくれる。《伝説の巫女》はこれから先もっと巨大でもっと邪悪な妖怪と戦うことになるのかもしれないけれど、今だって、《伝説の巫女》がこの世界に存在している理由の一つの出来事かもしれないから。
入院服から巫女装束に着替えた明日菜を送り出した。妖目家が受け継いだもう一つの物である勾玉はまだ見つからなかった。