2月18日 エビス
「──馳せ参じたまえ、エビス!」
主に呼び出された俺は、間宮家の家宝の《鬼切国成》と結城家の家宝の《紅椿》を持つ主の前で跪いた。
俺の主は結城涙様。主は陰陽師の王である結城家の現頭首だから、俺は王の式神として町の危機を救わなければならない宿命を背負っている。
その宿命から逃げられないのは主もだ。まだ天狐との戦いの傷が癒えていない主は入院しているが、妖目総合病院から出て戦うつもりだから──俺について来いと言う。そのつもりだから俺は最初から跪いていた。
「感謝です、エビス」
礼なんて言わなくていい。式神は、陰陽師様の力が強ければ強いほどにどんな無茶な命令でも聞くようにできているから。俺が主に死ねと言われて死ねるのは、主がそれほどまでに強くて偉大な陰陽師様だからだ。
視線を上げると主が泣きそうな顔で俺を見下ろしている。主の結城家特有の薄花色の瞳はとても綺麗で、ずっと眺めていたいと思ってしまうもので、でも──主には泣いてほしくないと、俺は多分生まれる前から思っていた。俺は何故か、生まれる前から主の泣き顔を知っていた。
俺は、六年前の百鬼夜行で亡くなってしまった主の親友に見た目も声もそっくりらしい。
生まれ変わりだと断言するつもりは烏滸がまし過ぎてまったくないが、彼の魂が俺の魂や俺の体の元となった依代にこべりついているかのように、俺は俺ではない誰かの記憶をうっすらとだが所持していた。
「主、俺は……主を助けたいんです」
式神が陰陽師を助けることは当然のことだ。わざわざ口に出すことではないが、どうしても今伝えたかった。
「主の隣で、戦いたいんです」
もしも本当に白院・N・桐也様の魂が俺の中に混ざっているのなら、桐也様は多分ずっと主が式神を召喚するその時を待っていたのだろう。
式神ならば心置きなく主を助けることも主の隣で戦うこともできるから。
「──っ」
主がぼろぼろと陰陽師の王らしくなく泣いている。でも、なんとなく、主がそんな風に泣くのは今日が最後のような気がした。
「桐也」
涙を乱暴に拭った主は言う。
「約束の、遂行を……感謝です」
震えた声で俺の知らない話をする。
《鬼切国成》を俺に持たせた主は、《紅椿》を構えて切先を自らの首元に向け。そのまま下ろし、腰まで伸びていた桑茶色の髪を肩まで斬った。
「…………」
何故、とは何故か思わなかった。主が今日という日を境に生まれ変わったような気がした。
主はもう、泣いていなかった。