7月21日 セシル・ダンカン
森の中には恐ろしい魔女が住んでいて、会ったら最後バリバリと頭から食べられてしまうらしい。だから誰も森の中には行かないし、行ったら最後戻ってこれないと信じられていた。
けれど、そんな非科学的なことを私は絶対に信じない。それは私だけじゃなくて、科学者である両親もそう思っていた。そんな家庭環境で育てられて本当に良かったと思う。
だって、魔女を信じている人たちが言うことはどれもバカバカしかったから。
「ママ、ちょっと森に行ってくるわね」
「わかったわ、セシル。獣に気をつけるのよ?」
「もちろんよ」
「えぇ。行ってらっしゃい」
警戒するのは魔女じゃなくて獣。この世界に獣が存在しているのは魔女が存在していることよりも常識的なことでしょう?
そう思っていたのに、私の前に飛び出してきたのは魔女だった。
箒に跨り、あっちに行ってこっちに行って様々な木々にぶつかりながら飛行している。そして、叫びながら真っ逆さまに落ちていった。
状況が上手く飲み込めない。頭が理解することを拒んでいる。けれど魔女は立ち上がるし、全身を地面に打ちつけたはずなのにけろっとした態度を崩さないまま私の方へと振り向いた。
「ッ」
殺される。ママ、パパ。魔女は本当にいたみたい。だからどうか私が獣に襲われて死んだと思わないで──
「はっ、初めまして!」
──なんて言葉も目の前の魔女は言わせてくれなかった。
「私はジルです! あの、私のことはどうか内緒にしていてください!」
手と手を合わせて懇願する魔女は、どこからどう見ても人を食べる魔女には見えない。
私よりも幾つか年上に見えるちょっと魔法が使える女の人という印象だ。
「お願いします! 殺さないで……!」
「……別に殺したりしないわよ」
本来だったら私が怯えるような場面なのに、魔女──ジルの方が怯えているように見える。
咳払いし、箒を握りしめながら腰を下げるジルの方へと距離を詰めた。ジルは一歩も動こうとしない。逃げられるかと思ったのに、そんな素振りも見せなかった。
「その代わり、私の友達になってもらうわ」
「え……いいの?」
「え?」
「本当に?!」
断られるかと思ったのに、何故かジルは前向きで。箒を手放して私の両手を握り締める。
「ありがとう! えっと……」
「セシル。セシル・ダンカンよ」
「……セシル! うん! よろしくね!」
「…………」
拍子抜けした。科学者になるつもりでいたからいい実験体になると思ってそう言ったのに。
友達になるどころか、大切な家族になるとは思わなかった。