12月5日 イマニュエル・ベネット
普段は職場の近くにある植物園を使っていた。だが、その日は植物園にある植物ではなく森の植物を研究する必要があった。
森から植物を持ち帰り、植物園の植物と比較して、数日後に結果が出るところまで持っていってやっとの思いで帰路につく。しばらく歩いて見えてくるのが我が家だったが、その日は何故か、我が家の光を見ることができなかった。
「────」
私の家は森の傍にある小さな家だ。その家を取り囲んでいる、人間には見えない者たちが私を視界に入れて騒ぎ始める。
本来だったら逃げていた。化け物に立ち向かう勇気なんて私にはない。だが、奴らが囲んでいるのは私の家なのだ。愛する妻と幼い双子の子供たちが私を待つ家なのだ。
──逃げる理由がどこにもない。
「どっ、どけぇぇえぇ!」
叫び、鞄を盾にして化け物たちの中を突っ切る。化け物たちは何故か攻撃してこなかった。
死に物狂いで家の扉を開け、中に入り、安堵したかったが──そこに転がっていたのは血塗れの最愛の妻子だった。
「……あ、ぁあ……」
「やっと帰ってきたかァ」
目の前に立ったのは、私よりも大柄な男。いや、耳の形が人間のそれではない。男の私でも魅了されてしまうほどの美形の男は──まさか、エルフだとでも言うのだろうか。
妻子の傍に立っている三人の男女も神と見間違うほどの美形で、特徴的な耳の形をしている。三人のうち二人は目の色も髪の色も肌の色さえも黒いダークエルフだった。
「植物はどこだ」
「……は」
「てめぇが森から奪った植物だ」
目の前にいるエルフも、彼らも、その双眸に怒りを宿している。
混乱と恐怖に飲み込まれかけていたが、そんな中でもなんとなく彼らの言いたいことを汲み取ってしまった。
「植物はここにはないッ!」
我武者羅に叫んだ。
「何故……! 報復ならば私だけで良いはずだ! 何故妻と子供たちを……!」
「てめぇに失うことの悲しみと絶望を教える為だ」
そんなことを言われたら、返す言葉がなくなってしまう。気がついたら両膝を無様に床につけ、罪なき妻子に懺悔していた。
「また植物を奪うなら、俺たちもまたてめぇの大切なものを奪う」
そう告げたのはエルフの男であってエルフの男以外の化け物たちでもある。
私には化け物相手に戦う力がない。大切な人を亡くしてまで植物の研究を続けたいという意思はない。
大切な人を亡くす未来を知っていたら、植物学者にはならなかったのに。
何度悔いても報われない。救われる道さえなかった。