8月15日 カグラ
『カグラ! 真菊を……真菊だけは!』
瞳を閉じると今でも六年前の出来事を思い出す。百鬼夜行が起きる前日に殺されたのは俺の一つ前の主で、彼は俺の今の主のマギクの父親でもあった。
守りたかった相手も生きていてほしかった相手も主だったが、主命ならば従おう。
マギクを守った結果に俺に残されたのは、マギクだけだった。マギクの父親も、母親も、呆気なく妖怪に殺された。妖怪は一匹も倒されておらず、主を亡くした直後の俺はその衝撃で血を吐いて倒れたから、マギクも殺されてしまうのは時間の問題だった。そんな俺たちを救ってくれたのがマサオミだった。
主が亡くなっても主命がなくなるわけではない。
俺個人としても、残されてしまった一族唯一の陰陽師であるマギクのことを守りたかった。主のように、後悔をするような別れ方はしたくなかった。
「離しなさい、カグラ!」
百妖家の結界を壊せ。マサオミのその命令に従ったマギクは、半妖の巣窟とも言うべき場所になんの躊躇いもなく突っ込んでいくから。自分たちの家を壊されたくないと必死になって戦う半妖たちに今度こそ本当に殺されてしまうかもしれないから。マギクはいつまで経っても目を離すことができない。
危険なことをしようとしていたら止めたかったのに、マギクは俺を主命で跳ね除ける。あの日の主のように、俺に守ってもらおうと思っていなかった。
「なっ……マギク!」
勝手に、我儘に、進んでいく。百妖家へと続く森の中の坂道を全速力で駆け上がっていくマギクは、俺のことを見ようとしない。
いや、マギクや前の主が本当の意味で見ようとしていないのは自分自身だった。俺にとって、それは何よりも悲しく辛いことだった。
「このっ、裏切り者がぁぁぁぁ!」
百妖家の破られた結界を張り直すユウキへと向けられたマギクの罵声。それを吸い込んで消してしまったのは夜の空ではなく燃え盛る炎の中だ。
「マギクッ! 引け!」
俺の言葉で止まってくれるマギクではないのに全力で叫ぶ。人魂の半妖の炎に焼かれるマギクを俺は、どうやって守ればいいのだろう。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前!」
死に物狂いでユウキへと手を伸ばしながら、マギクは九字を切って炎を弾き返す。
俺の体が疼く通り、その体は火傷を負っていた。見ていられないほどに痛々しかったのは、マギクのあの方々から貰った体なのだろうか。それとも、マサオミに救われたことによって大きく変わった人生なのだろうか。