6月4日 結城紅葉
くぅの人生にいいことなんて一つもない。るいがアメリカに行っちゃって、にぃが亡くなって、ゆぅが記憶喪失になって。ゆぅだけは傍にいてくれるからゆぅだけは誰にも奪われたくなかったのに──奪われてしまった。くぅが最も忌み嫌っている一族、百妖の連中に。
いつもだったら結城家に泊まってくれるのに、百妖家に居候することになってからますます会えなくなったから陰陽師の定例会で久しぶりに会えるってわかった時は嬉しかった。ゆぅが六年ぶりに参加しようって思ってくれたことも、その理由が百鬼夜行だったとしても嬉しかった。
結城家の天井が妖怪によって破壊されるまでは。
「では、少し頼みごとを引き受けてくれるかの? 我が姫君の紅葉と付き人の火影を、一時的に百妖家で預かってほしいのだ」
いいことなんて一つもないから、お父さんがそう言ってくれるだけで幸せだった。
ゆぅとまた一緒に暮らすことができる。
嬉しすぎて、お父さんに飛びついてしまうくらいだった。
くぅにとって、ゆぅはお父さんとお母さんの次に大切な家族だから。にぃの代わりだったから、ゆぅと離れ離れになっちゃうのは嫌だから──少しでも繋がりを感じることができて幸福だった。
「うむ、現状は安全第一ぞ。我と朝羽も当分は王国の方で暮らすかの」
「えぇ。今日は向こうをおびき寄せる為に、あえて陰陽師全員をここに集めたのだし。明日もまだ会は続くのだから」
お父さんは結城家から避難してきた他の陰陽師たちに声をかけて、ゆぅはゆぅのお母さんに声をかける。
百妖家とはいえ、ゆぅと一緒にいることができる。だからくぅは自分の部屋へと戻ろうとして火影に全力で引き止められた。
「ちょっとぉ! 何すんのよぉ!」
「危険です姫様! 戻らないでください!」
「でも、もうどこにも妖怪いないでしょ?! 大丈夫だって!」
「油断は禁物です!」
火影は過保護だ。どこにも妖怪がいないことは火影もわかっているはずなのに。
「服がないとあんたも困るでしょ! そういうのウザイから! さっさと行くよ!」
強く出れば火影は大人しくついて来る。それは今回も同じだった。
火影は百妖家の姓を名乗っているけれど、本当は鴉貴家の人間だ。
だからってわけでもないけど、火影のことは嫌っているわけではない。ただ、必要以上にくぅを守ろうとするところや強く出ればなんでも言うことを聞いてくれるところは好きになれなかった。
くぅにとって、火影は大切な──友達になりたい人だから。