5月20日 芦屋紫苑
山に囲まれた陽陰町は広いようでいて狭いから、俺が《グレン隊》の隊員だったことは高校に入学する少し前から在校生や新入生に知れ渡っていたらしい。入学早々俺につき纏うようになったのは《グレン隊》に憧れていたように見える連中で、拒む理由がなかった俺はずっとそいつらとつるんでいた。
あぁいう人たちと一緒にいない方がいいよ、そう言ったのは同じ高校に進学した双子の兄の春だったが、芦屋の姓を名乗っているあいつと末森の姓を名乗っている俺が双子であることは誰も知らない。
パーカーのフードを目深に被って俯いている春と金色に染めた髪が真っ先に視界に入るらしい俺の顔を覚えた上で見比べる奴なんてこの町のどこにもいないから──知っているのは、芦屋の姓を名乗る家族だけだった。
春は家ではウゼェほどにつき纏って来るのに、学校では驚くほどに声をかけてくることも近づいてくることもない。それが余計に俺たちを身内だとわからなくさせていたのだろう。
虐められていたせいで学校に通いたくても通えなくなった春がかつて自分を虐めていたような連中とつるむ俺を避けるならば、俺はその方がいいと思っていた。
俺たちは双子だが、生きている世界が違う。俺たちが双子だとバレて一番嫌な思いをするのは春だろうから、この秘密は隠し通した方がいい。
俺から春に声をかけることもないと思っていたのに、運命はそうさせてはくれなかった。
「お前がいるとメシが不味くなんだよ!」
「便所でも行ってろ!」
昼休みの最中、たまたま春の教室の前を通った俺はいつもつるんでいる連中の声を聞いて──そう言われている相手が春であることに気づいて、考える間もなく何かの糸が切れたのを感じた。
春のことはウゼェ。兄貴面すんなって家で毎日思っている。
なのになんで、俺は春を虐めていた連中のことを血が溢れていても殴り続けているんだろう。
関係ねぇ……いや、春が虐められていたのに見て見ぬ振りをしていた奴らは全員教室から逃げ出しており、春を虐めていた連中は逃げる力も残っていないから──俺を止められるのは春だけだった。
「離せ馬鹿ッ!」
「馬鹿なのは、紫苑だよぉ……っ!」
春は、俺たちの親が死んだ時以上に泣いていた。そんな春を見てしまったら、拳はもう下げるしかない。
俺は入学早々停学処分を食らって、あれだけ高校生活を楽しみにしていた春はまた引きこもった。互いにずっと家にいるのに、春は俺につき纏って来なくなった。