9月9日 芦屋モモ
「なんだよ、はっきり言えよ!」
怒られると、もっとなんて言えばいいのかわからなくなる。頭の中が真っ白になって、言いたいことはたくさんあるはずなのに言えなくなって、早くこの時間が終わればいいのにって思っちゃう。
「もー! 何こいつ! ウザイぃ!」
「もういいよ! 行こうよ!」
「お前もう学校来んなよなー!」
「あっち行けー!」
……終わっちゃった。たくさんのことが終わっちゃった。だから学校には行きたくなかった。
真菊お姉ちゃんが使っていて、美歩お姉ちゃんがもう学校に行かないからってくれたランドセルをぎゅって抱き締めて、学校の中の誰もいないところを探す。端っこにある階段まで来て、しゃがみこんで、たくさん出てきた涙を拭うこともできずに泣き続けた。
どうしてモモはこうなんだろう。どうしてモモは上手くすることができないんだろう。
お姉ちゃんやお兄ちゃんたちがいなかったら、モモはもっとだめになる。だって、一人はとっても怖いから。一人になると、どこに行けばいいのかわからなくなるから。ぎゅって抱き締めてくれたら、離れ離れになってしまうことはないから。一緒に死ぬことができるから。
「モモー!」
顔を上げた。この学校でモモの名前を呼んでくれる人は一人しかいない。走ってきた多翼お兄ちゃんは、モモの顔を見てちょっとだけ驚いたような顔をした。
「ど、どうしたの? 誰か、何かされたの?」
多翼お兄ちゃんはいつも笑ってる人だけど、今は全然笑ってない。多翼お兄ちゃんを笑顔じゃない顔にさせてるのはモモだから、モモはお家の中からも消えたくなって──多翼お兄ちゃんにぎゅって抱き締められた。
「大丈夫だよモモ! 怖くないよ! 僕、ここにいるからね!」
モモと多翼お兄ちゃんは、血が繋がってない。本当は他人で、モモには本当のお兄ちゃんとお姉ちゃんがいないから──真菊お姉ちゃんや春お兄ちゃん、紫苑お兄ちゃん、美歩お姉ちゃん、多翼お兄ちゃんがいなかったらって思ったら今よりもっと怖くなる。
「……あ、う……」
そばにいて。そう言いたいのに、やっぱり言葉は出てこなかった。それでも多翼お兄ちゃんはそばにいてくれる。優しい人だから。モモは多翼お兄ちゃんが大好き。
多翼お兄ちゃんもモモのこと「大好き」って言ってくれるから、お家の中から消えることはできなかった。それはとても悲しいことだから、何もできなくてもモモはみんなと一緒にいたかった。もう誰かとお別れをしたくなかった。