11月27日 あんこ
ご主人が死んだ。にゃあを置いて死んでしまった。
ご主人が死んでもずっとずっとご主人の傍にいたけれど、ご主人は人間に連れてかれた。にゃあは人間に連れてかれなかった。人間にはにゃあが見えていないようだった。
ご主人の家にあったご主人のものもにゃあのものもなくなって、ご主人じゃない人間が住むようになって、にゃあは初めてご主人の家の外に出る。
見たことのない景色。嗅いだことのない匂い。にゃあはご主人との世界しか知らないから、ご主人がいない世界は怖い。ご主人がいなくなったにゃあは、どこに行けばいいのだろう。
『寂しい』
どうやって生きればいいのだろう。
『辛い』
それは、全部全部ご主人が教えてくれてたこと。にゃあに与えてくれたもの。
「……大丈夫?」
足を止めた。知らない人間の声、匂い、姿。
「どうしたの? 何かあったの?」
誰もにゃあを見てくれなかったのに、その人間はにゃあを見る。近づいてきて、しゃがんで、にゃあに話しかけてくる。
『おまえ……』
「あ、僕は猫鷺真。犬神の人工半妖で伯母さんが猫又の半妖だから、犬や猫の言葉がわかるんだ」
『……にゃあが、見える? にゃあと、話せる?』
「うん。見えるし話せるよ。だから、何かあったのか話してほしいな。力になれるかもしれないから」
にゃあは真に全部話した。ご主人や人間のこと。家のこと。にゃあのこと。
「じゃあ……僕と一緒に来る?」
『おまえと……?』
「奏雨お兄さんは、事情を話せばわかってくれると思うし……一緒に暮らそうよ」
『……嫌だ』
にゃあは真が伸ばしてきた手を叩く。
『にゃあの家はあの家だけだ。おまえとは一緒に暮らさない』
「じゃあ、僕と友達になろう!」
真はまだ手を伸ばしてくる。にゃあを緑色の猫によく似た目で見て笑っている。
「それならいいでしょ? ねっ?」
『……ともだち』
それがなんなのかにゃあにはわからない。けれど、真が言うなら悪いことではないような気がする。
『わかった』
「ほんとっ? やったぁ!」
真はにゃあを抱き上げてくるくると回った。にゃあは辛かったけど、真は嬉しそうだった。
「友達! 君は僕の友達だよ!」
真は友達が欲しかったのだろうか。にゃあにはよくわからないけど、真が嬉しそうならそれでいい。
「──これからよろしくね、〝あんこ〟!」
にゃあを見つけてくれた真が幸せならばそれでいい。にゃあは、真が見つけてくれて──嬉しくて。幸せだったから。
これからずっと、真の傍にいたいと思った。