10月5日 二階堂瑠花
物心ついた時から可愛いねって言われていた。勉強も運動も歌も踊りも得意じゃないけれど、顔の可愛さなら誰にも負けない自信があった。
私が産まれた町は陽陰町。主要都市から離れた田舎の割には都会のように便利だけど、テレビで見る都会には陽陰町にはない魅力がある。
──私は、都会に憧れていた。
都会に飛び込んでも許される職業で、私にしかなれない職業が、アイドルだと思っていた。
陽陰町にもテレビ局はある。他の町に負けない魅力もある。たくさんの需要が集まってテレビ局が開催したのがアイドルのオーディションで、私は今、衝撃を受けていた。
私の隣に立っている女の子があまりにも綺麗で、あまりにも歌が上手くて──こんなところにいても許されるの? ってつい思ってしまった、《十八名家》出身の子だったから。
「百妖……歌七星さん。ありがとうございました」
歌い終わった彼女にそう言った審査員は、陽陰町が誇った元歌姫の弟で、陽陰町の芸能界やメディアに最も顔が効く泡魚飛家の現頭首──泡魚飛渓さんだった。
渓さんの顔色はあまり良くない。《十八名家》の人たちは一年前の大災害で半分くらいの親族を亡くしてしまったからか、歌七星ちゃんを含めた全員の表情が未だに深く曇っている。
私も、世界中に歌声を届けた七緒さんが亡くなったことはショックだった。けれど、姉を亡くした渓さんと憧れの人を亡くした私の想いは同じではない。私はもう七緒さんの死を悲しんでいない。
「次は、五番。二階堂瑠花さんですね」
「はい!」
今日ほど歌いたいと思った日はなかった。渓さんはあまりテレビに出なかったけれど、渓さんもすっごく歌が上手いことを陽陰町の人間は知っている。そんな渓さんや七緒さん並に──ううん、絶対それ以上に歌が上手い歌七星ちゃんがあんなに悲しい歌しか歌えないのは嫌。
私は、歌七星ちゃんと渓さんを笑顔にしたい。
「私、心を込めて歌います!」
渓さん以外の審査員が怪しい人を見るような目で私を見ていることには気づいていた。
私は不合格でもいい。だって隣にすっごい才能の持ち主がいるんだもん。けど、笑顔は私の勝ちだから。私は歌って笑うから、歌七星ちゃんは私を見習って七緒さんみたいに世界へ行って。
陽陰町の人間は外に出てはならない。そんな決まりはないけれど、みんな外に出ようとしない。《十八名家》の人たちは私たち以上に外に出ない。
それでもここに来た歌七星ちゃんに、私は私の夢を託した。