7月10日 炎竜神炬
昔から、自分の意思で何かを決めたことがなかった。炎竜神家の分家として産まれ、《紅炎組》の一員として生き、命じられたことをただ黙って遂行する。
誰かのことを羨ましいと思ったこともなかった。俺には自分の意思がない、決められた道を歩く適性が高かったのだろう。なんの不満もなく日々を生きていた。
『──好きにしろよ』
その言葉に深い意味はない。ただ、そう言い続けて背負ったものは自分の意思で結成した《グレン隊》で。目の前に立ったのは、どういうつもりか《グレン隊》と名を似せてきた《対妖怪迎撃部隊》──通称《カラス隊》の隊長、輝司だった。
こいつのことを意識した日はない。どうでもいい同級生の一人だったが、そいつがアリアの見合い相手ならば話は別だ。
『普通は冗談だと思うでしょう。誰が貴方方が生み出したバケモノを伴侶にするのですか』
アリアを侮辱するならば、話は別だ。
「下がれ」
遥を抱き止めて綿之瀬家の本家から飛び出してきたアリアと朔那を先に行かせる。
「炬さぁんっ!」
「かがりんっ!」
朝霧に抱き締められているアリアを一瞥し、「……おう」と短く答えた。傷ついたアリアに何を言えばいいのかわからなかった。それくらい、今まで自分のことも他人のこともどうでも良かったのだ。
だが、今はそうではない。
朝霧とアリアに出逢って、他人を知って、自分を知った。
「しゅーくん、私……怖かった! ずっとずっと、怖かったぁ……!」
俺は、アリアを泣かせた輝司に腹を立てているのだ。一発殴らないと気が済まない、そう思った相手は初めてだった。
輝司からは《グレン隊》の人間と同じ殺気を感じる。それは猛禽類のようだったが、常日頃から戦い続けている俺に敵うと本気で思っているのだろうか。
ずっと大切に育てられてきた温室育ちのお坊ちゃんの鼻をどうやって折ろう。怪我を負わせて《十八名家》の面々から責められるのは俺だろうが、そんな罪を背負ってでも進みたいと決めた道ができたことを──俺は幸福に思った方がいいのだろうか。
一歩も動かないまま睨み合い、輝司からそんな目で見られることがなかったことを思い出す。
輝司を意識したことは一度もなかったが、気に入らないと思われていたことは知っていた。虎丸からも、蒼生からも、麻露からもなんとも思われていない中で輝司だけが俺を視界に入れていた理由を、俺は多分、知らないまま死ぬのだろう。死を恐れた日はないが、死にたくねぇなと一瞬思った。