6月6日 レオナルド・ネグル
俺は今日、純血の吸血鬼として──そして、偉大なる吸血鬼グリゴレ・ネグルの弟として、してはならない禁忌を冒した。そう思っていても、自分のすべてと表現しても遜色のないグリゴレと離れ離れになる気にはなれなかった。
意識を取り戻し、異国の亜人と異国の言葉で会話をするグリゴレの声を耳にする。だが、それは、俺や人々が好きになってしまった心地いい声ではなかった。掠れ、疲れ切ったような、俺が知っている自信に満ち溢れたグリゴレからは遠く離れた声色だった。
「…………」
何故、とは思わなかった。俺がグリゴレをそうさせたのだと自責するしかなかった。
〝デザイナーベビー〟として産まれた時から、俺はグリゴレに迷惑をかけてばかりいる。グリゴレに弟がいて良かったと思ってくれるようなことを、俺は何一つしていない。離れ離れになる気にはなれないのは、まだ、グリゴレの力になりたいと縋っている証拠だった。
眠った振りをし続けながら、グリゴレの声色と相手の声色で何を話しているのかを悟る。
俺はグリゴレから嫌がられていると。グリゴレから手放したいと思われていると。なのに縋るのを止められない。俺は醜い吸血鬼だ。
「言ったでしょう、私たちは赤の他人ですよ?」
グリゴレが寂しそうな声を出すことに希望を見出していることも、醜さの証拠になっていた。両目を閉ざして何も見ないようにしているが、気配で何が起こっているのかを理解する。東洋の亜人のイヌマルが、グリゴレの手を強く強く握り締めていた。
「だからなんだよ! 俺たちは亜人同士なんだから! 助け合って生きたいって思っちゃ駄目かよ馬鹿!」
怒っている。責めているのではなく、グリゴレの何かに対して怒っている。
俺はグリゴレから嫌がられている。グリゴレから手放したいと思われている。それは間違いないが、グリゴレが寂しそうにしていて、イヌマルがそれに対して怒りを見せるなら──やはり。
「────」
起き上がってグリゴレの袖を引っ張る。グリゴレの喉が微かに震えた。俺は、俺の直感を信じていた。
「っ」
驚いた表情のグリゴレを両目で捉え、その中に憎悪がないことを確認して願う。
「I'll follow you」
その願いを口に出した。いつまでも、いつまでも、敬愛する兄であるグリゴレについて行きたかった。兄の役に立ちたかった。
そして──。欲張れるのならば、自分たちを黙ったまま見つめているティアナという名の少女の役にも立ちたかった。