6月6日 ダンタリオン
「我が血を捧げる。我が名はジル・シルヴェスターと同じ肉体を持つティアナ・シルヴェスター、我が元に地獄を抜け出して来たれ、愛と幻を司りし者よ。我と契約を結びたまえ──」
人間の声が聞こえてくる。この言葉を聞いたのは何十年ぶりだ? その何十年はあっという間だったような気もするし、退屈で死にそうだったような気もする。
「──ダンタリオンッ!」
名前を呼ばれた瞬間に覚醒したおれは、ティアナ・シルヴェスターと名乗った女の前に現れて首を傾げた。
違和感があった。おれを見上げている女はどこからどう見ても人間だったが、それは見た目だけのように見えた。
『なんだおまえ。人間じゃないな?』
だからと言って亜人でもない。女が口を開いた瞬間、おれはすべてを理解した。
「私は〝クローン人間〟だ」
理解したのは、女の思考が読めるから。次の契約者が愚かで愉快な人間だったら楽しめそうだと思っていたおれだが、この女は求めていた以上の異常さを持ち合わせている。欲が、擽られるほどに。
『わざわざ言わなくてもわかるから黙れ。おれはおまえの思考が読めるからな。ふんふんふんふん、うげぇー、気持ち悪ぃ。おまえみたいな生き物を作るって、やっぱり人間はイカれてるなぁ! 面白ぇ! おまえと契約してやるよ!』
退屈が塗り変わる音がした。不死は呪いだが、生きていれば何度でも面白いものに出逢える。知っているから舌舐めずりをして大いに喜ぶ。
「あぁ。来い、ダンタリオン!」
ティアナの体をすり抜けて、ティアナとおれは契約した。
契約は簡単だ。簡単ではないのは、ティアナの体とおれの力が馴染むこと。馴染まなければ死んでしまうが、おれは何も心配していなかった。
『痛いかぁ? けどなぁ、悪魔と契約するってことはそういうことだぜぇ!』
体を曲げて苦しむティアナは、それを承知の上でおれを地獄から呼び寄せたのだろう。ティアナから流れてくる思考に、おれへの罵声は一切ない。
『じゃあな! ティアナ・シルヴェスター! 気が向いたらまた会いに来るわ!』
今まで何十人と契約してきたがティアナのような女はいなかった。
肉体も、決意も、契約後の思考さえも、他の誰にもなかったティアナだけの感情が流れ込んでくる。
魔女になった者に幸福は訪れない。
それは魔女の歴史が証明しているが、人間同士の争いに巻き込まれた女たちとティアナは同じ道を歩まないだろう。
おれは、ティアナならば別の景色を見せてくれるような気がした。