9月18日 猫鷺叶渚
二十歳の誕生日は、とても酷い一日だった。陽陰町の秘密を知って、逃げ出すように町中を走っていた。長い間走っても疲れないのは普通だと思っていた。息切れするみんなを見て、底なしの体力を持っているのは普通ではないのだと理解した。
私の家は猫鷺家。特別救助隊を輩出する《十八名家》の家の一つ。
理解した。理解した。理解した。
百鬼夜行で多くの親族が亡くなって、《十八名家》が半壊して、それでも私が生きている理由さえ。それは、私が半妖の娘だから。血が濃かったから。
だから生き残るし、だから跡を継がなきゃいけないのだ。現頭首は猫鷺家の半妖を継いだ和夏ちゃんがなるとしても、私は、絶対に、レスキュー隊に。
今まで本家の人間として大切に大切に育てられてきたのに、私は自由ではない。自由を思い浮かべて、今日もまた陽陰駅の前の広場のベンチに座り、時間が流れている様を眺めても自由には手が届かない。
どうして。
何を誰に尋ねているのかもわからない中で飛び込んできたのは、メイド服を着た少女二人だった。
じっと見つめ、一人がアイラちゃんであることに気づく。もう一人の子は知らないけれど──二人とも周りの目なんか気にせずに楽しそうに雑居ビル地区の方へと歩いていた。
「っ」
思わず腰が上がる。《十八名家》の骸路成家から勘当されたアイラちゃんと、陽陰町出身とは思えない──異国の地から来たように見える金髪の少女があまりにも綺麗だったから。自由に見えたから。
追いかけて、アイラちゃんに声をかける。アイラちゃんは私のことを覚えていないようだったけど、名乗ったらわかってくれたようだった。
「ね、ねぇ。どうして二人はそんな服着てるのかな。純粋に気になっちゃって〜」
アイラちゃんは「なんで、って」と呟いて、もう一人の少女を見上げる。少女は歯を見せて笑って、「だって」と胸を張る。
「私はかがりんの〝家来〟だから!」
その理由は全然自由ではなかったけれど、少女は私の親族や友人よりも楽しそうだった。
たった今溢れてきた感情を人はわくわくすると言うのかと思って、私も笑う。
「いいね、それ!」
心からの言葉だった。私は猫鷺家の本家嫡女。だけど歩む人生は自由じゃない。ならば、メイド服を着て誰かに従事した方が遥かに自由で──すっごく面白い。
ただのメイド喫茶じゃ怒られるから興信所の要素も足そう。レスキュー隊の仕事の傍らでそんな夢のようなことができたら、私の人生に悔いはない。