6月21日 水無瀬陸
警察官になったら、人を救うことができる。森に足を踏み入れてこの世界に戻ってこなかった最低な両親に遺された俺のような小さな子を、たくさん救うことができる。
それは建前だったのかもしれない。警察学校に入って同期たちの正義感溢れる夢を聞かされる度に、そうだと思った正義感が萎んでいく。自分が間違った世界に迷い込んでしまったのだと思って苦しくなる。
そんな俺を救っていたのは、正義感を欠片も持ち合わせていない同期たち。多くの同期から嫌われている彼らが自分を貫き通す度に、俺は俺のままでいいのだと思えた。
そして、自分だけが空っぽなのだと自覚した。
俺たちが通う警察学校は陽陰町から最も近い警察学校で、《十八名家》の鬼寺桜家と鴉貴家の誰かが時々訪れては講演を行うことがある。
彼らを見る度に、陽陰町出身である俺は彼らの部下になるのだと思ったが、彼らの部下として生きている自分を想像することができなかった。
俺が進む道はこの道ではないのだろう。だからと言って今さら別の道に行くのは面倒だ。
辞めた同期たちは数え切れない。生き残っている時点で適性はあるのだから、この道の先で生きていくしかない。
──退屈だ。
瞬間に壇上に立った青年の服装は、警察官の服装ではなかった。
同期たちがざわめく。俺は食い入るように鴉色の軍服を見つめる。
今日の講演者は鴉貴輝司。俺は慌てて事前に配布された講演者のプロフィールを見、息を止める。
先月陽陰警察署の頂点となった鴉貴エリカの息子。所属は──《カラス隊》?
鴉貴さんは、俺たちの動揺に気づいていながら講演を始める。内容は決して薄くないが、陽陰町を守るという他の講演者とあまり変わらないことばかり話していてとても不気味だ。
「陽陰町において、警察官は町を守る者にも人を救う者にもなれません。真に町と人々を守る者は我々《十八名家》です」
断言した鴉貴さんに傷つけられながら、それでも同意してしまうのは陽陰町出身の正義感溢れる同期たち。
「四月、陽陰町を襲った天災で犠牲となったのは二百人以上の《十八名家》──一般の出である警察官から犠牲者は出ていません。《十八名家》の前では貴方たちは無力、陽陰町で警察官になるということは、賞賛も出世もない世界で飼い殺されるということ。《カラス隊》は、そんな世界に抗う者を歓迎します」
抗う気はなかったが、生半可な気持ちで来る者は殺すという鴉貴さんの視線はとてつもなく魅力的だった。