9月23日 ゲンブ
人間のような、生きている者の声が聞こえた。風が吹く音。葉と葉が触れるような音。それくらいはわかっていても、わからないような音もある。
うっすらと目を開けた。光が眩しくて瞼を閉じ、動かせる手で拳を握る。
「ゲンブ。何を怖がっているんだ」
「臆病な式神だな。お前、本当にこの式神でいいのか?」
「いいも何も、ゲンブは俺の式神だ。代わりなんていない大切な戦友になるんだからな」
「ま、そうだな」
馬鹿にされているような気がして目を開けた。光があまりにも眩しくて目を細め、自分を囲む陰陽師を見回した。
「ゲンブ」
声の主で視線を止める。
「お前の名はゲンブだ。初めまして」
「……初め、まして」
「それで、俺がお前の主だ。お前は間宮家の式神で、俺が死んでもこの家に仕え続けないといけない。いいな?」
「わかってる」
この世界に召喚されたばかりなのに、何故だか自分の役目については熟知していた。血に、契約が染みついていた。
「これから間宮家の式神として精進しろよ。おいスザク、彼がゲンブだ。面倒を見てやってくれ」
花のような匂いがした。部屋の隅に立っていたスザクの柔らかな微笑みだけで、今まで荒れていた心が和ぐ。
「ゲンブ、初めまして。私はスザクです」
桃色の髪がスザクの動きでゆらゆらと揺れた。近づいてくるスザクを俺は何故か拒めなかった。
「私たちの家に案内します。お手を」
無意識のうちに手を出していた。スザクは片膝をついていた俺を引き上げて、一瞬にして周りの世界を森に変える。
「うわっ?!」
「うふふっ。驚きました? 大丈夫です、貴方にもできることですから」
「わっ、笑うな!」
「あっ、ごめんなさい……!」
さっきまで笑っていたのに眉を下げた。表情がころころと変わるのに、俺よりも強いという雰囲気を感じる。だから、逆らえない。
「ゲンブ、こちらの家が私たちの家です。ここは間宮家の式神が全員暮らしている家なので、私たち以外にも……」
「スザク、お帰りなさい」
「あら、セイリュウ。ただ今帰りました。こちらの方はゲンブです」
「貴方がゲンブですか。初めまして、ゲンブ」
間宮家を背景にして、スザクとセイリュウが仲良く並ぶ。桃色のスザクと、青色のセイリュウ。それを見ていると妙に苛々してセイリュウの体を思わず蹴った。
「いった?! 何するんですかゲンブ!」
「別に。俺はお前が嫌いみたいだ」
家へと歩く。スザクは、そんな俺についてきた。それだけで心が和らいだのは何故だろう。
その答えを知る者はいない。