表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
百鬼戦乱舞 ―語草―  作者: 朝日菜
2016年
128/201

5月1日   文梨勇己

 目の前に鴉が立っていた。


「ごめんください」


 その鴉は、どこからどう見ても一般人ではない。鴉色に染まった軍服を着た青年は、《十八名家じゅうはちめいか》の人間だと言われないと納得ができないくらい高貴だった。


「あ……」


 そんな高貴な人間がなんの用でこの鍛刀場に来たのだろう。潰されてしまうのだろうか、そんなのは駄目だ。俺の夢は、祖父のような刀工になることだから。


「刀工の文梨ふみなしさんはいらっしゃいますか?」


 だというのに、青年は物腰が柔らかかった。敵意もまったく感じない。鍛刀場から出てきた祖父は「誰だ」とだけ問う。


「あぁ、大変申し訳ありません。私は鴉貴輝司からすぎこうし、《十八名家》鴉貴家の分家嫡男です」


 微笑んだ鴉貴さんの目はまったく笑っていなかった。ゾッとするほどの恐ろしさを彼から感じるのに、祖父はまったく彼のことを恐れない。


「……刀か」


「はい。《カラス隊》の隊員たちに刀を持たせたいんです。〝実戦〟で使用できるものを一ヶ月以内に五振り用意してください。そして、一年以内に貴方の新作を十振り用意してください」


 祖父が刀工である時点で、この陽陰おういん町には刀の需要が存在することに気づいていた。《十八名家》が所有している刀の手入れをしているのだろうと思っていた。

 だが、鴉貴さんは今なんと言った? 刀を使う? 戦国時代でもない現代で、実際に使う刀を新しく作らせる意味は?


「何を仰っているんですか」


 わからなかった。なのに祖父は鴉貴さんの依頼を疑問なく、文句もなく、受け入れた。


勇己いさみ、手伝え」


 そんなことを祖父から言われたのは初めてだ。後継者として認めてもらえたようで嬉しかったが、今は戸惑いの方が大きい。去っていく鴉貴さんを追いかけたかったが、俺のような一般人が尋ねたところで返ってくる答えはないだろう。


「お爺様、あの方は俺たちの刀で一体何を──」


「探るな」


 祖父も理解しているようだった。鴉貴さんと同じように背中を見せて遠ざかっていく祖父に雑念はない。ただ良いものを作ろうという意思だけがある。


「はい」


 これから刀工になる俺は、そこまで大人になり切れるだろうか。鴉貴さんとの縁はきっとこれからも続いていく。会う度に俺は好奇心を刺激されていくのだろう。


 俺が刀工になりたいと思ったのはただの好奇心だ。


 町唯一の刀工である祖父の後を継げるのは俺だけで、俺だけが知ることのできる世界だと思っていたから憧れた。鴉貴さんの存在は、俺の好奇心を充分すぎるほどに刺激していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ